作品タイトル不明
熊との闘い①
ローデンは、そのままラニアの拘束具にも手を伸ばした。針金のような道具を鍵穴に差し込み、指先で器用に動かす。
かちゃ、かちゃ、と小さな金属音。
そして――かちり。
あっさりと、拘束具が外れた。ラニアは目を大きく見開いた。
「ありがとう。ローデン、凄いね!」
その瞳は、きらきらと輝いていた。
……あれ?ローデンは一瞬、ぽかんとした。
俺、今までで一番、認められてねぇ?そんな気がする。
いや――。悪い気はしない。
ラニアはさらに身を乗り出してきた。ローデンの手元。針金のような道具。それを食い入るように見つめている。
……近い。近いぞ。顔が、かなり近い。
でも――。少し、このままでも……。
そんなことを思った瞬間だった。ローデンは、視線を感じた。
顔を上げる。男達。まだ数人が、木々の影からこちらを見ている。
完全に終わったわけではない。
「まだ、だ」
ローデンは短く言った。すぐに道具を鞄へしまい込み、剣を握り直す。
森の空気が、再び張り詰めた。
「ローデンって、なかなかやるんだね」
ラニアは、のんびりした声でそう言った。
まるで、今が戦いの最中ではないかのような口調だった。
木々の陰から、男達の声が飛ぶ。
「おい、動くか?」
「いけっ!」
その瞬間だった。地面が、わずかに揺れる。
のっそり、と。巨大な熊が、体を起こした。
重たい体を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がる。男達が一斉に叫んだ。
「男を、やれっ!」
命令。熊の巨体が、ゆっくりと向きを変える。そして――ローデンと、熊の視線が交わった。
巨大な爪。圧倒的な体格。ローデンは、一瞬で理解した。
「逃げろ」
低く言った。リリアーナとラニアへ向けて。
そして――ローデンは剣を握り直した。
静かに、構える。
「行くよ」
ラニアはそう言って、リリアーナの手を取った。しかし。
「待って、行けないわ」
リリアーナは首を振った。
「……闘うの?」
ラニアはきょとんとして聞く。
「……だって」
リリアーナは熊の方を見た。ゆっくりと近づいてくる巨大な魔獣。そして、その前に立つローデンとラディン。
どう見ても、勝てるようには、見えない。
それでも、リリアーナは熊を見つめていた。
ラニアは、小さくため息をついた。
「ラディン、弓を貸して」
ラディンは一瞬、熊を見た。それからラニアを見た。
熊は、のっそりと歩きながら、ローデンとリリアーナ達へ距離を詰めてくる。ラディンは腰の袋から、小さな包みを取り出した。
そして熊へ向かって投げつける。ラディンが調合した、魔獣避け。
包みが熊の肩に当たり、粉が舞い上がる。
熊は嫌そうに顔を振ったが、後退する様子はない。
「やっぱり、効かないか」
ラディンは軽くため息をついた。それから素早くラニアの方へ走る。
「皮が硬い。弓は効かないぞ」
そう言いながら、弓をラニアに渡した。
その頃、熊はまだ顔を振っていた。だが、ふいに、その動きが止まる。ゆっくりと頭を上げた。
ローデンと、ラディンを見る。ラディンはすぐに位置を変えた。ラニアとリリアーナの前に立つ。二人を守るように。
ラディンより、少し離れてローデンが剣を構えた。二人の後ろで、ラニアは振り返った。
「はい、リリアーナ」
弓と矢を差し出す。
「はい?」
リリアーナは戸惑った声を出した。
ラニアは当然のように言う。
「闘うのでしょ? あの熊の額、狙ってね」
「待って、慣れない弓だし……額って、あの石?」
リリアーナの声は完全に困惑していた。
熊の額。そこには、鈍く光る石が埋め込まれている。
「そう」
ラニアはあっさり頷いた。
「魔力を、込めてね」
リリアーナは、息を飲んだ。巨大な熊が、目の前にいる。その額には、鈍く光る石。
「……わかった」
小さく言って、弓を握り直した。震える指で弦を引く。矢を番え、熊へと狙いをつける。
しかし、放たれた矢は、大きく逸れた。
熊の横をかすめ、木の幹へ突き刺さる。
熊が、ゆっくりと顔を向けた。瞳が、リリアーナを捉える。その瞬間、リリアーナの全身が粟立った。
背筋を冷たいものが走る。
それでも、リリアーナはもう一度、弓を引こうとした。その時だった。
……え?
熊が、動いた。次の瞬間にはもう、距離を詰めている。信じられない速さだった。
巨体が地面を蹴り、一気に駆ける。
巨大な前足が、リリアーナを振り払おうと振り下ろされた。
「危ない!」
ラディンが叫ぶ。
同時に、リリアーナを抱きかかえるようにして横へ飛んだ。
二人の体が地面を滑る。その反対側では――ローデンがラニアの腕を掴んだ。
「伏せろ!」
引き倒すようにして、二人で地面を転がる。
土と枯葉が舞い上がる。
熊の爪が、さっきまで人がいた場所を叩きつけた。
大地が揺れる。そして、リリアーナ達は、二手に分かれていた。