作品タイトル不明
ラニア、起こされる
重たい眠りから、リリアーナはゆっくりと目を覚ました。
体は冷え切り、節々が痛む。鎖の重みが、現実を思い出させる。
無造作に、硬いパンが投げ渡された。続いて、水袋。
「食べろ。食べたら、行く」
男がぶっきらぼうに言う。命令。それだけ。
リリアーナは、震える指でパンを掴んだ。石のように硬い。歯を立てると、ぎり、と嫌な音がする。
折れそうだ。それでも、噛む。
砕けない欠片を、水で無理やり流し込む。喉が焼けるように痛い。涙が滲む。
だが、止まらない。食べなければ、動けない。
「行くぞ。立て」
男の声。リリアーナは、のろのろと立ち上がる。足の鎖が重い。体も、重い。視界の端で、男が舌打ちした。
「ちっ、またか」
視線の先には――巨大な熊。
「あれを使うか?」
別の男が低く言う。
「いや、待とう」
短い否定。熊は、昨日の夜から同じ場所にいる。微動だにしない。
鼻先だけが時折動き、低く唸る。
男達は苛立ちを隠せず、視線を奥へ向けた。
「……あいつを起こすか」
乱暴な足音が、洞窟に響く。
ラニアの体が、無遠慮に揺さぶられた。
「おい、起きろ」
荒い声。ラニアの瞼が、ゆっくりと持ち上がる。焦点が合い、まず目に入ったのは――腕の拘束具。鉄。鎖。状況を理解するのに、時間はかからなかった。
ラニアは小さく、ため息をつく。
「お前が、魔獣使いか?」
男が低く問う。ラニアは男を見上げた。
静かな目。
「使いは、しないよ」
淡々と。
「どういうことだ」
男の声が鋭くなる。
「僕は、使わない」
ラニアはゆっくりと上体を起こし、座った。
鎖が鳴る。視線が、巨大な影へ向く。
「ああ、熊が、動かないんだ」
当然のことのように言う。男達の空気が一瞬止まる。
「……わかるのか?」
疑いと警戒。ラニアは首を傾げた。
「わからないの?」
そして――ニヤリと笑った。挑発するような、薄い笑み。
男達の顔色が変わる。不気味なものを見る目。
「どうすれば、いいんだ?」
焦りが滲む。ラニアは鎖のついた腕を、わずかに持ち上げた。
「こんなのを付けられて、素直に言うとでも?」
静かな反抗。男達は互いに目配せをする。
一人が、舌打ちと共に踵を返した。
「やめて――」
リリアーナの声。だが遅い。男がリリアーナを引き摺ってくる。鎖が擦れ、彼女の体が床に倒れ込む。その顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。
冷たい刃が、頬に触れた。
ナイフ。薄く、白い刃先。
「教えて、くれるよな?」
男は、歪んだ笑みを浮かべた。刃がわずかに押し当てられる。血が滲むか、滲まないかの距離。
ラニアの目が、静かに細められた。
「そう、くるんだ」
ラニアは小さく言った。責めるでもなく、驚くでもなく。ただ、状況を受け入れる声。
「そうさ」
ナイフを握る男が答える。刃はまだ、リリアーナの頬に触れたままだ。
「……どう、したいのさ?」
ラニアの視線は男達へ向いているが、その奥で何かを測っている。
「とりあえず、移動だ。追っ手が来るとは思えんが」
男が吐き捨てる。焦りを隠すように。
ラニアは、リリアーナを見た。怯えを押し殺し、必死にこちらを見返す瞳。
ラニアは小さく息を吐いた。
「……わかった」
観念したように言う。だが、次の瞬間、足元を見下ろし、あからさまに嫌そうな顔をした。
「歩けない、けど」
足首を繋ぐ重い拘束具。鎖が短く、まともに歩ける状態ではない。ナイフを当てていた男が、鋭く命じる。
「外せ。変なことは、するなよ」
数秒の逡巡。やがて、足の拘束具が外される。金属音が響く。
ラニアはゆっくりと立ち上がった。
足首を軽く回す。血の巡りを確かめるように。周囲を、ゆっくり見渡す。
男達の位置。そして――巨大な熊。動かない影。荒い呼吸。
ラニアは、静かに一歩踏み出した。
鎖のついた両腕を下げたまま、ゆっくりと熊へ近づいていく。男達がざわめく。
「おい……」
だが、止めない。止められない。
熊の鼻先が、わずかに動いた。
ラニアは、その巨大な影の前まで歩み寄る。
そして――そこで立ち止まった。