作品タイトル不明
リリアーナは気がついた
重たい闇の底から、ゆっくりと意識が浮かび上がる。
リリアーナは、薄く目を開けた。冷たい感触。手首に、硬い重み。
――鉄。腕には、無骨な拘束具が嵌められていた。動かそうとした瞬間、金属が擦れる音が響く。
同時に、頭の奥がずきりと痛んだ。
「……っ」
思わず顔をしかめる。殴られた衝撃か。記憶が途切れている。
息を整えながら、状況を把握しようとする。
森の匂い。そして――
……ラニアは?
胸が強く鳴る。すぐに視線を巡らせた。
少し離れた場所に、小さな影。いた。ラニアだ。
同じように、腕に鉄の拘束具。意識がないのか、ぐったりしている。安堵と焦りが同時に押し寄せる。立ち上がろうとした瞬間――
がちゃり、と鎖の重い音。足にも拘束具。
自由は、ほとんどない。
リリアーナは一瞬目を閉じ、呼吸を整えた。
慌てるな。泣くな。考えろ。
体をずらす。膝と肩で地面を押し、少しずつ、少しずつ。
鎖が擦れる音が響く。痛みが頭に響く。
それでも止まらない。ラニアの側へ。
身体を引き寄せるように、距離を詰める。
「……ラニア」
掠れた声で、呼んだ。
「気がついたのか」
低い男の声が、暗闇に落ちる。
リリアーナは顔を上げ、すぐにラニアへ視線を戻した。傷口から、まだ血が滲んでいる。布も巻かれていない。
「……お願い、手当てをさせて」
鎖に繋がれたまま、必死に言葉を絞り出す。
男は鼻で笑った。
「それは、外さん。好きにしろ」
拒絶でも、許可でもない。
ただの監視。
リリアーナは歯を食いしばりながら、ようやくラニアの傍へたどり着いた。
鎖が腕を引き、金属音が響く。それでも、無理やり身体を寄せる。
ラニアの傷口に手を伸ばした。迷わず、自分の服を引き裂いた。布を作る。
裂けた布を、震える指で傷に巻きつける。同時にそっと、治癒の力を流し込む。
少しでいい。止血だけでも。
男は一人、距離を保ちながら見ている。
リリアーナは視線を感じながらも、手を止めない。
布を巻き。結び。また巻く。
ラニアは――目を開けない。呼吸はある。だが浅い。
時間をかけて、何重にも包帯を巻き終える。
そのとき。ラニアの唇が、わずかに動いた気がした。
リリアーナは顔を近づける。鎖が鳴る音を抑えながら、耳をそっと寄せた。
聞こえるか、聞こえないかの――かすかな声。
「……魔力が、ない」
それだけ。
それを最後に――ラニアは再び、口を閉じた。
「終わったか」
男の冷たい声が、空気を切り裂いた。
リリアーナはまだラニアの傍にいたが、男は乱暴に腕を掴み、無理やり立たせようとする。
「待って。水を、あげたいの」
必死の声。抵抗ではなく、懇願。
男はじろりと視線を落とし、ラニアとリリアーナを交互に見る。数秒の沈黙の後――
「……水、だけだ」
水袋が投げ渡される。
リリアーナはそれを両手で受け取り、すぐにラニアへ近づいた。鎖がじゃらりと鳴る。
ラニアの口元に水を少しずつ含ませる。焦らず、ゆっくり。こぼれないように、唇を湿らせるように。
ラニアに触れながら、魔力を流し込む。傷を癒すためではない。だが。
……空っぽに、近い?
流した魔力が、どこかに吸い込まれていくかのように。ラニアの体の中で留まらない。
どれだけ注いでも、手応えがない。まるで底の抜けた器だ。
それでもリリアーナは止めない。唇を濡らし、水を与えながら、限界まで魔力を送り続ける。
「まだか」
男が苛立った声で言う。
「……もう、少し」
リリアーナは震える声で返し、最後の一滴まで魔力を絞り出す。
それでも――ラニアは目を開けない。
動かない。息はある。だが、深く沈んだままだ。
「もう、いいだろ」
男は水袋を乱暴に取り上げ、リリアーナの腕を強く掴んだ。引き離される。ラニアの体温が、遠ざかる。
リリアーナは抵抗できず、そのまま引きずられるように立たされた。
ラニアは――動かない。目を、開けない。
鎖の音だけが、冷たく響いていた。
リリアーナは男に引かれながらも、何度も振り返った。
その視線は、必死にラニアへと残り続けていた。