作品タイトル不明
三人とロキは、森へ行く
ローデンは、熊の魔獣と遭遇した場所までラディンを案内した。木々が折れ、地面が抉れた痕。あの圧倒的な存在の名残が、まだ生々しく残っている。
ラディンはしゃがみ込み、熊の足跡を確かめた。
深い。重い。土が沈み込み、爪痕がくっきりと刻まれている。
「……なるほどな」
小さく頷き、立ち上がる。そして周囲を見渡した。
折れた枝の向き。擦れた幹。踏み荒らされた下草。
「あっちだ」
迷いがない。森の奥を指し、そのまま歩き出す。ロキはラディンの胸の中で、じっとしていた。
不思議なほど静かだ。まるで――進むべき方向は間違っていない、と言うように。
ローデンとエドモンドは無言で後に続く。
時折、ラディンは足を止める。地面を見、空気を嗅ぎ、耳を澄ます。その姿は、戦士というより、獣に近い。
日が傾きはじめても、進路は変わらなかった。
だが。まだ明るさが残る中で、ラディンは不意に足を止めた。
「ここまでだ」
「まだ、行ける」
エドモンドが即座に言う。
息は荒い。足取りも重い。
「顔色が、悪い」
淡々とした声。ラディンは鞄から薬を取り出す。
「飲んで、今日は休むんだ。夜は、冷える」
有無を言わせぬ口調。エドモンドは何か言い返そうとしたが――そのまま崩れるように腰を下ろした。
どう見ても、限界に近い。薬を飲み、背を木に預ける。
「魔獣避けは……」
ラディンは言いかけ、視線をロキへ向けた。
少し考え、
「いらない、な」
そう結論づける。ロキを地面に下ろす。ロキは静かに丸くなった。そして、目を閉じる。
その存在自体が、結界のようだった。
やがて闇が降りてくる。冷気が忍び寄る。
焚き火は小さく。煙は最小限に。
「……酷い顔、してるぞ」
ラディンが、ふとローデンに言った。
「……元からだ」
苦々しく返す。自嘲のように。
ラディンは少しだけ視線を細める。
「二人は、当分は、多分、大丈夫だ」
「どうして、わかるんだ」
低い声。苛立ちとも、不安ともつかない響き。
「拐ったのは、利用するため、だからさ」
淡々と。
「だが……」
その先を、ラディンは言わなかった。
言葉を飲み込む。エドモンドは、すでに寝息を立てていた。限界を超え、深く落ちた眠り。
ロキも動かない。森は静まり返り、暗く、冷たい夜が三人を包み込んだ。
誰も、眠りは浅い。
それでも――夜は、確実に更けていった。
翌日。ラディンは、ふと顔を上げた。
……近い。空気が違う。
踏み荒らされた気配。微かな匂い。胸の奥が、狩人の勘でざわつく。ロキも同時に身を起こしていた。耳が立ち、瞳が闇を射抜く。
想定より、早い。
いや――違う。
「……進みが、遅い」
ラディンは小さく呟いた。
本来なら、もっと距離が開いているはずだ。
それなのに、この近さ。
……何を意味している?
足止めか。負傷か。あるいは――。
ラディンは目を細めた。
「ロキ、夜に。頼めるか?」
低い声。確認ではない。信頼だ。
ロキは小さく鳴いた。短く、確かな返事。
「どうしたんだ?」
エドモンドが聞いた。まだ本調子ではないが、意識は冴えている。
「リリアーナ達が、おそらく、近い」
ラディンは視線を森へ向けたまま言った。
ローデンの表情が強張る。
「近づき過ぎると、こちらが危ない」
その通りだ。魔獣の感覚は鋭い。
下手に踏み込めば、逆に狩られる。
「ロキに、下調べか?」
ローデンの問いに、ラディンは頷いた。
「そうだ」
沈黙が落ちる。ローデンは唇を引き結ぶ。
危険だ。あの怪我で。だが――
「俺が行くより、速くて確実だ」
事実だった。森の中での隠密と索敵。人間より、魔獣の方が適している。
ラディンはロキを撫でた。指先にすり寄る。目を細めるロキ。
「無理はするなよ」
静かな声。命令ではない。
その夜。ロキは一度だけ振り返り――音もなく、森の中へ溶けた。
残された三人。
森は何も語らない。
ただ、張り詰めた静寂だけが続いていた。