軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラディンが動く

ラディンは迷いなく寝台へ歩み寄った。

額に濡れ布を当てられ、荒い呼吸を繰り返すエドモンドを見下ろす。

その視線は静かで、冷静だった。

「明日の朝、リリアーナ達を追うために発つ」

低く、はっきりと告げる。

「それまでに、熱を下げろ。でないと、置いてく」

――何を、言っているんだ?ローデンは言葉を失った。

追う?あの森を?あの魔獣のいる場所を?

どうやって。どうやって見つける。どうやって勝つ。

理解が追いつかない。

だが。寝台の上のエドモンドは、違った。

苦しげに目を開き、ラディンを見据える。

熱に浮かされた顔。

それでも、その瞳には確かな光があった。

「……わかった」

たった一言。弱々しい声。だが、迷いはない。ラディンは小さく言う。

「用意がいる。色々、貰うからな」

何を考えているのか。どこまで見えているのか。ローデンには分からない。

エドモンドは、わずかに頷いた。

その動きだけで、全身が軋んでいるのが分かる。

ラディンは踵を返した。躊躇いがない。

当然のように、次の手を打つ顔だ。

ローデンは、ただその背を見つめる。

何かを言うべきか。問うべきか。

だが、言葉が出ない。自分には、策がない。力も、足りなかった。

結局――ラディンの後ろを歩くことしか、出来なかった。

ラディンは調合室に入り、棚に並ぶ薬草を一つひとつ手に取った。

乾いた葉を指で砕き、香りを確かめる。

選び、分け、袋に入れる。無駄がない。

ロキは腕の中で鼻をひくつかせ、露骨に顔を背けた。薬草の強い匂いが気に入らないらしい。

「……効くかな?」

そう呟きながらも、ラディンは手を止めない。そして、革の鞄へ詰めていく。

その鞄には、ほかにも物が入っていた。

ラディンが島を出るときから、ずっと携えている“何か”。それが底に沈んでいる。

「食料、水、弓、矢……」

低く確認しながら、必要な物を集めていく。

動きは自然で、迷いがない。

ローデンは堪えきれずに問う。

「……どうやって、追うんだ?」

ラディンは振り向きもしない。

「巨大な熊が、一緒なのだろう?」

当然のことのように言う。

「足跡でも、通った跡でも残る」

そこで初めて顔を上げた。

「俺は、狩人だからな」

誇示も、自慢もない。ただ事実を述べただけの声音。

ローデンは黙る。熊の魔獣。

あの圧倒的な存在。それを“追えるもの”として扱う感覚が、理解できない。

ラディンは布を取り出し、素早く結び、即席のスリングを作った。

「ロキ、お前はここだ」

抱き上げ、そっと中へ入れる。

ロキは少し身じろぎし、やがて収まった。

体がすっぽりと包まれる。

「狭いだろうが、大丈夫か?」

小さく鳴く。短い返事。

「悪いな」

その言葉も、自然だった。

……どうして、あいつは魔獣とあんなに普通にしてるんだ。

ローデンは胸の奥がざわつくのを感じる。

恐れでも、嫌悪でもない。理解できない何か。

剣で測れない距離。力で割り切れない関係。

どうしても、納得できない。そして、その納得できなさが――なぜか心を落ち着かなくさせていた。

翌朝。

まだ空気は冷たく、白い息がわずかに立つ。

エドモンドは、自らの足で部屋を出てきた。

顔色は悪い。

だが、昨夜の熱は確かに引いている。

「……大丈夫、なのか?」

ローデンは思わず問う。

エドモンドは肩で息をしながら、小さく笑った。

「……寝てるよりは、いい」

声は掠れている。足取りも万全とは言えない。

……全然、大丈夫じゃねぇ。ローデンは心の中で毒づく。

だが、エドモンドの目は死んでいなかった。

覚悟を決めた者の顔だ。

止められない。止まらない。

ラディンは装備を確かめ、淡々と告げる。

「行くぞ」

それだけ。エドモンドは弓を背負い、剣を腰に差す。ローデンは剣のみ。

ラディンは小型の弓と刃物。

そして、胸元のスリングにはロキ。

出立を前に、オルフェウスとマルグリットが駆けつけた。

リリアーナとラニアが拐われたと知った時の衝撃は、まだ消えていない。

顔色を失い、唇を強く結んでいる。

「兵を出そう」

オルフェウスが言う。

「森を包囲すれば――」

だが、ラディンは首を振った。

「身軽の方が、いい」

迷いなく。

「足手纏いだ」

冷酷に聞こえるほど、あっさりと。

オルフェウスもマルグリットも、森に詳しいわけではない。大人数で踏み込めば、痕跡は消える。

音も匂いも、散る。それは理解できた。

だが――エドモンドの体調は万全ではない。

本来なら、止めるべきだ。残るべきだ。

二人はそう思った。

それでも。エドモンドの表情を見てしまった。

決意を宿した、揺るがぬ目。あれを前にして、言葉は出ない。

マルグリットは拳を握りしめ、オルフェウスは静かに目を伏せた。

やがて、道を開ける。

三人は振り返らない。

冷たい朝の空気の中、森へ向かって歩き出した。