作品タイトル不明
ロキの行動
城門をくぐった瞬間、張りつめていた糸が切れた。エドモンドはそのまま崩れ落ちる。
「エドモンド!」
駆け寄れば、身体は熱を帯びていた。
酷い打ち身だ。外傷は少ないが、衝撃は深い。
ほどなくして熱が上がり始める。しかし、歯を食いしばっていた反動か、意識も朦朧としていた。
医師に任せ、次にローデンはロキの手当てに移る。こびりついた血を、ぬるま湯で丁寧に洗い流す。
赤く染まった水が、幾度も桶を満たした。
露わになった傷は、やはり浅い。だが数は多い。
布で水気を拭き取り、慎重に包帯を巻く。
白布に覆われた姿は、あまりに痛々しかった。
ロキは暴れない。ただ、静かに耐えている。
手当てを終え、ローデンは深く息を吐いた。
胸の奥が、重い。今こうしている時間すら惜しい。一刻も早く追わねばならないのに。
だが――森は広い。土地勘もない。
闇雲に踏み込めば、また同じだ。
どうやって追う。どうやって見つける。
部屋の隅で、ロキは静かに丸くなった。やがて浅い眠りに落ちる。
ローデンは、自分の手を見つめた。震えているわけではない。だが、確かに足りなかった。
……自分は、剣を持てば誰よりも強い。そう、どこかで思っていた。実戦で負け知らずだったことが、慢心を育てていたのかもしれない。
それが、この様だ。守れなかった。救えなかった。どうすれば、勝てる。どうすれば、助け出せる。
問いだけが、胸を巡る。ローデンは目を閉じた。
だが、闇の中に浮かぶのは――巨大な熊影。
森へ消えた背中。ラニアの倒れた姿。
眠りは、なかなか訪れなかった。
夜が白みはじめた頃。張りつめ続けた神経が、ようやく限界を迎えたのか、ローデンは椅子にもたれたまま微睡んだ。
ほんのわずかな、浅い眠り。
はっと目を覚ました時、窓の外はすでに薄明るい。
そして――違和感。視線を巡らせる。
床。毛布。だが、そこにいるはずの姿がない。
「……ロキ?」
胸がざわつく。立ち上がり、部屋を見回す。
いない。
扉を開け、廊下に出る。嫌な予感が背筋を走る。まず、エドモンドの部屋へ向かった。
扉を叩き、中に入る。エドモンドはまだ横たわっていた。
額には汗。熱は下がりきっていない。だが、そこにも――ロキはいない。
「……何処に?」
呟きが、やけに大きく響く。まさか。嫌な考えが浮かぶ。
リリアーナ達を、追った?ローデンの顔が強張る。魔獣とはいえ、あの怪我だ。包帯を巻いたばかりだ。
まともに戦えるはずがない。無理だ。
焦りが込み上げる。
探すべきか。城に残るべきか。森へ向かうべきか。答えが出ない。
俺は、どうすればいい。拳を握る。
そのまま武具庫へ向かった。
思考がまとまらないなら、せめて手を動かす。砥石に刃を当てる。
一定の角度で、静かに滑らせる。
しゃり、しゃり、と乾いた音が響く。
それ以外、何も考えが浮かばなかった。
ただ、刃を研ぐ。鈍った自分を削るように。
朝の光が差し込む中、ローデンは無言で剣を研ぎ続けていた。
その日の午後。城門に現れた影に、ローデンは目を疑った。
ラディンだった。そして――その胸に抱かれているのは、ロキ。
「……っ」
思わず駆け寄る。
「どうして……」
掠れた声が漏れた。ラディンは短く答える。
「朝、俺の所に来たんだ」
腕の中のロキを、そっと見下ろす。
包帯の巻かれた体。まだ本調子ではないのは、一目で分かる。
「怪我をしてるし、服を引っ張るからな。何かあったのかと……」
そこで初めて、ラディンはローデンの顔色に気づいた。青白い。眠っていない目だ。
「……何が、起きた」
低い声。ローデンは、唇を開く。
「ラニアと、リリアーナが、拐われた」
消え入りそうな声だった。空気が、凍る。
「いつ?」
「昨日だ」
「気がつかなかったのか?」
責める響きはない。ただ事実を確認する声音。ローデンは拳を握る。
「追ったさ。だが……」
喉が詰まる。あの圧。あの巨体。
「巨大な熊……おそらく、魔獣が……」
言葉は、そこで途切れた。ラディンは何も言わない。ただ、静かに目を閉じる。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
状況を受け止めるように。
「エドモンドは?」
「一緒に戦った。だが今は、熱が出て寝てる」
短い報告。ラディンは頷いた。
そして、きっぱりと言う。
「行くぞ」
ロキを抱いたまま、踵を返す。迷いはない。
エドモンドの部屋へ向かって歩き出した。
ローデンは、その背を追う。
止まっている暇など、もうなかった。