作品タイトル不明
ラニア倒れる
飛びかかったロキの牙を、男はとっさに手にしていた荷物で受け止めた。布と革の裂ける音。
衝撃に弾かれながらも、ロキはすぐに地面へ着地し、低く唸る。その瞳が、獣のそれに変わっていく。
次の瞬間――ロキから放たれる魔力の圧が、さらに増した。空気が重く沈み、足元の草が震える。男の顔が青ざめた。
「くっ……」
耐えきれぬと判断したのか、男は腰に巻いた鞄へ手を突っ込んだ。
「まて、止めろ!」
別の男が叫ぶ。しかし、間に合わない。
取り出した何かを、男はロキへ投げつけた。
それはロキに直撃はしなかった。だが――ロキのすぐ傍で、弾けた。
乾いた破裂音。
「ぎゃんッ!」
悲鳴のような鳴き声が響く。
リリアーナとラニアの顔色が、同時に変わった。
「ロキ!」
ラニアは迷わず駆け出す。リリアーナは、足が縫い止められたように動けなかった。胸が締めつけられる。ラニアが辿り着いた時、ロキの身体には異様なものが絡みついていた。
黒い光の縄。そこから無数の刃が生え、締め上げるようにして食い込む。
――呪縛。しかも、刃を伴う拘束魔法。
ラニアは一瞬も迷わなかった。その縄に手をかけ、引きちぎろうとする。
瞬間。ラニアの身体が、大きく跳ねた。
「っ……!」
呪縛が反応し、今度は彼女へと牙を向く。
黒い刃が伸び、ラニアの腕と肩を裂く。
それでも――手を、止めない。
唇を固く結び、血を滲ませながら、力を込める。ミシリ、と音がした。
次の瞬間。ロキを縛っていた呪縛が、引き裂かれた。黒い光が霧散する。
「馬鹿な」
「あり得ん……!」
男達が口々に叫ぶ。だが。
ラニアは、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
地面に倒れ込む小さな身体。春の光の中で、赤が静かに広がっていった。
ロキは、動けない。解き放たれたはずの身体は震え、立ち上がることができない。
ラニアもまた、ぴくりとも動かなかった。
春の陽射しだけが、残酷なほど穏やかに降り注いでいる。
その時――城門の方角から、二つの影が飛び出した。エドモンドとローデンだ。もともと、後から様子を見に来る予定だった。
だが、あの鳴き声。
ロキの異様な悲鳴に、異変を悟った。
「……っ!」
エドモンドが地を蹴る。
それを見ることもなく、リリアーナは走っていた。ただ、二人の元へ。
「ラニア……ロキ……!」
膝をつき、震える手をかざす。血が、止まらない。どちらも、深い。
二人同時の治癒など、したことがない。
魔力の配分も、持続も、計算したことはない。
けれど――今は、考えている暇などなかった。リリアーナは目を閉じ、魔力を流し込む。
淡い光が、二人を包む。傷口が、わずかに閉じていく。だが。
「……っ」
頭に、鋭い痛みが走った。視界が歪む。魔力が、急速に削られていく。
――まだ、なのに。そう理解するより早く、意識が遠のく。崩れ落ちる身体。
男達は、素早く動いた。
「今だ」
気を失ったリリアーナと、倒れたままのラニアを担ぎ上げる。その瞬間。ロキの瞳が、かっと見開かれた。
「……グルルルッ!」
低く、威嚇。牙を剥く。
「ちっ」
「早くしろ!」
「来るぞ!」
二人を背負った男達は、森へ向かって駆け出す。
残された男達が、振り返る。迫る二つの影。
エドモンドとローデン。男達の手には、鈍く光る刃。
しかし、ローデンも、エドモンドも、すでに剣を握りしめていた。その瞳にあるのは、怒りだけだった。
エドモンドとローデンは、男達と対峙したまま動けずにいた。わずかな隙を突いて森へ駆け出そうとする。
だが、そのたびに男達が進路を塞ぐ。まるで――時間を稼ぐためだけに立っているかのように。
ロキが、弱く唸った。追おうとする意思とは裏腹に、身体は動かない。
視界の端で、リリアーナ達が森へと運ばれていく。距離が、遠くなる。
しかも、ラニアは流血をしてる。
エドモンドとローデンの顔に、はっきりと焦りが浮かんだ。
やがて。男達は一瞬だけ森の奥を確認し、互いに頷いた。
リリアーナ達が完全に森へ入ったのを見届けると、踵を返し走り出す。
その消えた方向へ。
「待て!」
エドモンドとローデンも、すぐさま追う。
森の入口近く。エドモンドは一人の男へ飛びついた。
「ぐっ!」
鈍い声。二人はもつれ合い、地面を転がる。
その横をすり抜けようとした男に、ローデンが斬りかかる。金属がぶつかり合う鋭い音。
刃と刃が火花を散らした。