作品タイトル不明
男達の会話
男たちは火を囲んでいた。
夜の森は重く沈み、焚き火の橙色だけが、彼らの顔をまだらに照らしている。湿った薪がぱちりとはぜ、火の粉が闇へと吸い込まれていった。
「おい、どうするんだ」
低い声が、焚き火の向こうから飛ぶ。
「こんな小手先の誤魔化しじゃあ、持たねえ」
「しっ。声がでけぇよ」
たしなめる声と同時に、男たちは揃って視線をずらした。少し離れた闇の中、小山のような黒い影がうずくまっている。
それは動かない。
だが、動かないという事実こそが、不気味だった。重く、荒い寝息だけが、ときおり夜気を震わせる。
「あいつ……起きてねえよな」
誰かが、喉を鳴らす。
返事はない。代わりに、別の男が囁いた。
「そういや、聞いたか?」
「何をだ」
「魔獣使いが、現れたって」
数人が鼻で笑う。
「嘘っぱちさ」
「前にもあった。偽物だったがな」
炎が、ひときわ大きくはぜた。赤い光が男たちの目をぎらりと照らす。
「いや、今回は少し違う」
一人が身を乗り出した。
「俺は聞いたぜ。紫の髪の女が、狼の魔獣を従えてると」
焚き火を囲む輪が、わずかに緊張で固くなる。
「あの水場の近くらしいぜ」
「生き残りの狼か?」
「ますますおかしいだろ」
森の奥で、風が枝を鳴らした。
沈黙が落ちる。
「だからだ。確認する必要がある」
「遠い」
「少数精鋭なら」
短い言葉が、石のように落ちる。そして、誰かが最も避けていた話題を口にした。
「熊は?」
男たちは、揃って影を見た。焚き火の向こう。黒く、巨大な塊。太い首。丸まった背。
「置いてく」
即答だった。
「しかし、ここで制御不能に再びなったら?」
「抑える道具は、使い捨てなんだぜ」
「あと、幾つだ?」
わずかな間。
「……三個」
火が、小さく爆ぜる。
「あれは、誰ももう、作れない道具だ」
声に焦りが滲む。
「しかし、連れて行くのも危険だ」
「熊と留守番はきつい。いつ暴走するかわからん」
再び沈黙。男たちは互いの顔を見ず、ただ炎を見つめた。
ぱちり、ぱちり、と薪が崩れる。闇の中、小山のような影が、わずかに――呼吸を深くした。
誰も、それに気づいていなかった。
焚き火の火が小さくなりはじめた頃、ひとりの男が口を開いた。
「数人が熊と、行くか」
低く、決断の色を帯びた声だった。何人かが顔を上げる。
「道具は、持たせてくれるんだろうな」
「当然だ」
即答だった。
だが、別の男が眉をひそめる。
「危険だろ」
「このままだと、どっちにせよ熊は使えん」
空気がわずかに重くなる。焚き火の向こう、小山のような影は動かない。
声がさらに低くなった。
「もし、魔獣使いが本物なら――手にいれろ」
炎が揺れ、男たちの目が光る。
「偽物なら?」
短い沈黙。
「熊を使え。偽物なら、死ぬさ」
一瞬、誰かが噴き出した。
「ははっ。違いない」
乾いた笑いが、夜気に溶ける。だがすぐに、現実的な問いが落ちた。
「熊は、どうするんだ」
誰もがわかっている問いだった。
「制御不能になったら、処分しかないだろ」
その言葉は、焚き火よりも冷たかった。
「もったいねぇ」
本音がこぼれる。これだけの巨体。これだけの力。
「仕方ない。いまいましいがな」
夜は、さらに深くなる。森は静まり返り、火はやがて灰になった。
そして翌朝。薄曇りの空の下、数人の男が支度を整えた。制御具が三つ。熊は立ち上がる。
雪の残る地面に、その巨大な足が沈む。白い息が、朝の空気に広がった。
「行くぞ」
男たちは周囲を確かめ、音を立てぬよう森へ踏み出す。小山のような熊も、唸ることなく従った。
まだ雪の残る道を、ぎしり、ぎしりと踏みしめて。背後には、消えた焚き火の跡だけが残された。
それが、最後の別れになるかどうか、誰もまだ知らなかった。