作品タイトル不明
エドモンドは知った
「早々、解決するように」
オルフェウスは短く言った。
命令というより、父としての願いに近い響きだった。
エドモンドは一瞬、マルグリットを見る。もしかしたら――女性同士なら、話せることかもしれない。
だが。それはそれで、少しだけ胸が痛む。
自分には話せない悩み、ということになるのだから。
「……わかりました」
かろうじてそう答え、エドモンドは部屋を出た。
廊下を進みながら、リリアーナを探す。
ほどなくして、調合室の前に辿り着いた。
中に灯りがある。扉を叩こうと、手を上げたその時。中から声が聞こえた。ラニアの声だ。
エドモンドは、無意識に手を止めた。
「リリアーナ、最近元気ないよね」
柔らかいが、核心を突く声。
「そうかな?」
少し曖昧な返事。
「そうだよ。皆、気にしてるよ」
沈黙。その向こうで、何かを扱う手が止まる気配。
「そっか……」
小さな声。
「悩み事?」
ラニアが優しく問う。
「うーん、ちょっとラディンに用があるのよね……」
「ラディンに?」
そこで。
エドモンドの力が、すっと抜けた。
……ラディンに、用、だと?胸の奥が、妙にざわつく。理由も分からず。
それ以上は聞けなかった。扉を叩くことも出来ず、踵を返す。足は自然と、あてもなく廊下を進んでいた。
静かな城内。自分の足音だけが、やけに大きく響く。
――ラディンに、用。
その言葉が、何度も頭の中で繰り返された。
気がつけば、エドモンドは裏庭の石段に腰を下ろしていた。冬を越えた土はまだ冷たい。
ぼんやりと空を見上げながら、先ほどの言葉が頭から離れなかった。
――ラディンに用があるのよね。
いや、きっと。
特殊な薬草とか、珍しい調合法とか、そういう相談だろう。
そうに違いない。リリアーナは好奇心が強い。学ぶことを楽しむ人だ。それだけのことだ。
……でも。どうして俺に言ってくれないのだ。
胸の奥に、小さな棘のような違和感が残る。深いため息がこぼれた。その時。
砂利を踏む足音が近づく。
「どうしたんだ?」
ローデンだった。
あまりに落ち込んだ様子が目に入ったのだろう。エドモンドは一瞬迷ったが、つい、先ほどの出来事を話してしまった。
ラディンの名。リリアーナの沈んだ様子。
自分に言ってくれなかったこと。
ローデンは黙って聞いていた。
そして――思い出す。ラディンという男。
ラニアの隣に、静かに立っていた姿。穏やかで、柔らかく、油断ならない気配。かつ、美形。
ローデンはエドモンドの肩を、ぐっと掴んだ。
「気にするな」
低い声。
「エドモンド、お前の方があいつよりずっと男前だ」
真顔で言う。慰めなのか、本気なのか分からないが、妙に力強い。
「きっと、何か聞きたい事がある、それだけだろう」
はっきりと断言する。迷いのない声音。
エドモンドは、しばらくローデンを見た。
それから、小さく笑う。
「そうかもしれないな……」
胸の棘が、少しだけ和らいだ気がした。裏庭に、静かな風が吹く。
言葉は多くない。だが、同じ方向を向こうとする空気があった。
男同士の、まだ不器用な友情が、静かに芽を出そうとしていた。
その夜。
ローデンに背中を押され、エドモンドは意を決してラニアの部屋を訪ねた。確か今は、リリアーナと居る筈だ。
扉を閉め、向き合う。少しだけ緊張した声で、切り出した。
「……リリアーナ、ラディンに、用があるのか?」
リリアーナは、ぱちりと目を見開いた。それから、隣にいたラニアを見る。ラニアは首を横に振った。
――自分は言っていない、という仕草。
「知ってたの?」
リリアーナは驚いたように聞く。
「いや、聞くつもりはなかったが、声が聞こえて」
エドモンドの声は、だんだん小さくなる。
盗み聞きのつもりはなかった。だが結果として、聞いてしまったのは事実だ。
一瞬の沈黙。リリアーナは少し考えてから、慎重に口を開いた。
「……もしかしたら、知ってる? 甘甘液の木の場所」
「……は?」
予想外の言葉に、エドモンドは間の抜けた声を出した。リリアーナは続ける。
「かなり昔なのだけど、甘甘液の木の枝を、ラディンに貰ったの。でも、挿し木したけど、全滅してたの」
……そんな話、聞いてないぞ。
頭の中で、警鐘が鳴る。
「もう一度、欲しいなあ、と、思って」
少し申し訳なさそうに、けれど未練が滲む声。エドモンドは慎重に尋ねた。
「……いつ、貰ったんだ?」
「ここの領地に来た年かな? 森で偶然会ってね」
……聞いて、ないぞ。
ラディン疑惑は、音を立てて消えた。だが、別の問題が立ち上がる。
報告されていない。相談もない。
「大きくなったら、驚かそうと思ってたのだけど……」
リリアーナは、指をもじもじと絡める。
秘密にしていたことを、自覚している仕草。
エドモンドは、深く息を吸った。
――何から、言えばいい。基本か?
……基本だろう。
報告。連絡。相談。まずは、それからだ。
その夜。
リリアーナは椅子に座り、背筋を伸ばし。延々と、エドモンドの言葉を聞くことになった。途中で何度も「はい」と頷きながら。
ラニアは横で、少し面白そうに、しかし真面目な顔でその様子を見守っていた。
甘甘液の木よりも先に。
二人の間に、育て直すべきものがあったのかもしれない。