作品タイトル不明
リリアーナの衝撃
リリアーナは、久しぶりにその地へ足を踏み入れた。
誰にも言わず、ひっそりと挿し木をした場所。遠い昔のことのように思える。
甘甘液の木。
いつか大きく育てて、自分だけの特別な場所を作るのだと、胸を躍らせながら土に挿した小さな枝。
皆に内緒だった。だから、なかなか来られなかった。それでも、心のどこかで信じていた。きっと、育っていると。
だが――そこにあったのは、乾いた枝。
すべて、枯れていた。葉もなく、生命の気配もない。
「……なんて、こと」
声が震えた。膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。土地が合わなかったのか。それとも、手入れをしなかったから?水は足りていた?日当たりは?
思い当たる後悔が、次々に浮かぶ。
……諦める?ここで?私の夢を?
胸の奥がきゅっと痛む。
けれど、あの場所へはラディンに教えてもらわなければ行けない。一人では、辿り着けない。今度来たときに、聞く?
そもそも――いつ、ラディンは来るの?
思考がぐるぐると巡る。希望と不安と焦りが、絡まり合う。やがて、浮かぶ言葉も尽きた。最後に零れたのは、小さなため息だけだった。
風が枯れ枝を揺らし、かさりと乾いた音を立てた。
その夜。
いつもより静かな夕餉の席で、最初に違和感に気づいたのはエドモンドだった。
笑ってはいる。頷きもする。けれど、どこか遠い。
食後、皆が席を立ちかけた頃、エドモンドはそっと声をかけた。
「……何か、心配でもあるのか?」
リリアーナは顔を上げる。
一瞬、何かを言いかけた。唇がわずかに動く。けれど――やめた。
「何でも、ないよ」
弱々しく、笑う。その笑みは、明らかにいつもと違った。無理に形を作ったような、儚い笑み。やがて、毎夜の恒例となっている時間が来る。
リリアーナはリュートを手に取り、弦に指を置いた。静かな音が、部屋に流れ出す。
その瞬間。マルグリットは気づいた。
……リリアーナの元気がないみたい。
どうしたのかしら?今朝は、いつもと同じだったわ。旋律は正確だ。指も迷っていない。
それなのに――音に、もの悲しさが乗っている。
柔らかいはずの響きが、どこか寂しく揺れる。弦の震えが、心の奥を映しているようだった。
オルフェウスとマルグリットは、そっと顔を見合わせる。言葉はない。
だが、互いに同じことを思っているのが分かった。
この子に、何かがあった。暖炉の火がぱちりと音を立てる。リュートの音色は、静かに、夜の空気へ溶けていった。
二日後。
執務室に、重い空気が流れていた。
オルフェウスとマルグリットは、エドモンドを呼び出していた。
理由はひとつ。リリアーナの様子が、あの日以来、明らかに沈んでいるからだ。
笑ってはいる。だが、どこか上の空。リュートの音色も、戻らない。
オルフェウスが静かに口を開いた。
「……リリアーナが最近、悩んでいるようだが。何かあったのか」
低い声。責める響きはないが、真剣だ。エドモンドは顔をしかめた。
「……聞いたのですが、何もない。と言うのです」
マルグリットがすぐに言葉を挟む。
「あんなにもはっきりと分かるのに、何もないわけがありません」
きっぱりとした口調。女の勘は鋭い。
オルフェウスも頷いた。
「……本当に、身に覚えはないのか?」
再び問う。エドモンドは、ここ数日を振り返った。
……くっつき過ぎたからか?確かに、少し距離は近かったかもしれない。それとも――
少し太って可愛い、と言ったからか?あれは褒め言葉のつもりだった。だが、女性に対しては不用意だったかもしれない。
……それとも。まさか、言えない不満がある?自分に?
エドモンドは黙り込んだ。眉間に皺が寄る。
何も言わない。
その沈黙を見て、オルフェウスとマルグリットは同時に思った。
……心当たりが、あるようね。
視線が、静かにエドモンドへ注がれる。
執務室の空気が、わずかに重くなった。