軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ローデンはラニアを見た

ローデンは、ラニアを一目見た瞬間、動きを止めた。紫の髪。金色の瞳。将来、美少女になることを疑いようのない容姿。

――だが、問題は、そこじゃない。手のひらに、じわりと汗が滲む。

(……なんで、人外が、ここにいる?)

ローデンは、これまで、ありとあらゆる相手と剣を交えてきた。騎士、兵士、街に流れた騎士崩れ、冒険者。剣を振るえる機会があれば、逃さず、戦ってきた。

強者というものは、見ただけでわかる。理屈ではなく、感覚だ。

……この領地には、妙に多い。オルフェウス。エドモンド。どちらも、剣を抜けば厄介な相手だろう。……暇なときに、稽古相手を頼むのも悪くない、そんなことを考えていた。

リリアーナも、そうだ。女性にしては、妙に身体の芯が強い。珍しい、と感じたばかりだった。だが――

(……こいつは、別だ)

ラニアは、ふと、ローデンを見た。にこり、と。何の警戒もない、無邪気な笑み。その瞬間、ローデンの背中を、冷たい汗が流れ落ちた。

(……笑うな)

本能が、そう叫ぶ。どうして、皆、平気でいられる?オルフェウスも、エドモンドも、リリアーナも。何も、感じていないのか。

(セリウス……気づかないのか?)

喉が、ひどく渇く。呼吸が、浅くなる。だが、調合室の空気は、あまりにも穏やかだった。

ローデンの異変に気づくこともなく、セリウスは棚に並ぶ瓶から視線を外さずに言った。

「……もしかしたら、彼女の病について、アグネッタ殿から何か聞いていないだろうか?」

その言葉は、悪意のないものだった。

セリウスは、彼女の父親から聞いている。

アグネッタが、弟子たちと共に彼女を診たこと。その場に、リリアーナがいたことも。

だが――。

リリアーナは、すぐに答えられなかった。

胸の奥が、きゅっと縮む。

(どうやって、伝えればいいの……?)

自分自身ですら、完全には理解できていない。あの、異常な血液の状態。理屈では説明できない、感覚と直感に頼るしかなかった診立て。言葉を探すうちに、リリアーナの顔色が、目に見えて悪くなる。

その様子を見て、ラニアが口を開いた。

「……悪いけど、そこまでにして」

短く、だがはっきりとした声だった。

感情を抑えた声音の裏に、拒絶の意志が滲んでいる。

ラニアの視線は、リリアーナに向いていた。

その顔色が、先ほどよりも明らかに悪い。

それに気づいたセリウスは、はっとして顔を上げた。

「……すまない」

声の調子が、先ほどとは違う。

「君にとっては、辛い話だったな」

リリアーナは、何も言わなかった。ただ、ゆっくりと首を横に振る。

……言葉にすれば、きっと崩れてしまう。そう思わせるほど、彼女の沈黙は重かった、ようにセリウスには見えた。

その様子を、少し離れた場所から見ていたローデンは、内心で息を呑む。

(……人外が、人の心配をしてるのか?)

違和感が、胸の奥に広がる。それだけじゃない。

(それに……こいつ)

ローデンは、ラニアにもう一度視線を向けた。

(何か、知ってるだろ)

知っていて、あえて語らない。あるいは――語れない。平穏な会話の裏で、ローデンだけが、異質な気配に、拳を握りしめていた。

セリウスが「一人でも調べられる」と言ったため、リリアーナとラニアは調合室を後にした。向かう先は、甘甘草のある場所。しばらく手を入れられていなかった分も含め、今日は魔力を注がなくてはならない。

先ずは城の中庭に。風が優しく、甘甘草を揺らしていた。

「リリアーナ、随分余裕だね」

隣でリリアーナを見ながら、ラニアが言った。

「始めは、とっても疲れたけど……」

リリアーナは、少し考えてから答える。

「だいぶ慣れたみたい」

その言葉は軽いが、城の中庭と、城の外―― 二か所も魔力を注ぐ作業は、 “慣れた”の一言で片付くようなものではない。それでも、リリアーナは弱音を吐かなくなっていた。

「ところでね」

歩きながら、リリアーナがふと思い出したように言う。

「ラニアが魔力を注いでいる所って、私と何か違うよね?」

「……“何か”じゃなくて、色々違うけど」

ラニアは小さく、ほとんど独り言のように答えた。

その声は風に紛れ、 リリアーナの耳には届かなかった。