作品タイトル不明
セリウス、調合室を見る
セリウスは、調合室に案内された瞬間、言葉を失った。――多い。想定していた量を、明らかに超えている。棚という棚に、瓶や包みが隙間なく並び、種類も状態も、雑多でありながら、きちんと管理されているのが一目でわかった。
「この辺りだけにしか自生しない薬草も、かなりあります」
リリアーナはそう言って、いくつかの棚を指し示す。まるで日常の話をするかのような、穏やかな口調だった。
「北特有の薬草については、こちらの本が詳しいです」
そう言って、迷いなく一冊の本を取り出す。
ページの角は使い込まれており、付箋もいくつか挟まっていた。
「それから……師匠が使っていた棚は、あちらですね」
セリウスは、その言葉に促され、部屋の奥へと視線を向けた。そこには、背の高い棚があり、一番上の段を除いて、ぎっしりと瓶が並んでいる。
保存状態は良好。分類の癖から、調合者の思考まで、読み取れてしまいそうだった。
その様子を、少し離れた場所から見ていたローデンは、内心で思う。
(……この中から、目当てのものを見つけ出すのか?)
無理だろう。そう思わずにはいられない量と種類だ。だが――。
セリウスの手が、わずかに震え、次の瞬間、ぎゅっと拳を握りしめるのが見えた。
(……やる気、か)
ローデンは小さく息を吐いた。逃げるつもりはないらしい。仕方ない。ここまで来た以上、付き合うしかないか。
心の中で、ひっそりとため息をつく。
「私は、色々と忙しくて……」
そんな空気など気づかぬ様子で、リリアーナは少し申し訳なさそうに言った。
「師匠が、ここでどんな調合をしていたのかまでは、分からないのです」
本当に残念そうな表情だった。
――弓の訓練。
――甘甘草に魔力を注ぐ作業。彼女の一日は、それだけでほとんど費やされていた。
それでも、この規模。
(……この人は、自覚がない)
セリウスは、喉が渇くのを感じながら、ようやく口を開いた。
「……わかりました」
それ以上の言葉は、すぐには出てこなかった。
「君は――アグネッタ殿に、薬草を届けていた弟子の一人で、間違いないかな?」
セリウスは、整然と並べられた瓶を眺めながら、静かに問いかけた。
視線は薬草に向けたまま。だが、その声音は、確かにリリアーナへ向けられている。
「……はい」
短く答える。
「アグネッタ殿には……我々は、大変申し訳ないことをした」
セリウスは、そこでようやく顔を上げ、リリアーナを見た。
「この場を借りて、謝罪させてほしい」
その言葉に、リリアーナの肩がわずかに揺れた。
「……過去の、ことです」
そう言って、視線を落とす。
――どうしよう。師匠は、生きています、なんて……言えない。
顔を、作れなかった。
「……辛いことを、思い出させてしまったな。すまない」
セリウスは、すぐにそう言った。
「……いえ」
それだけを、ようやく絞り出す。それ以上は、何も言えなかった。
「それで――彼女は、あれから、どうなの?」
ふいに、横から声が差し込んだ。ラニアだった。
「……君は」
セリウスは、視線を向ける。紫色の髪。まだ幼さの残る顔立ち。
「もしかして、アグネッタ殿の、もう一人の弟子かな?」
「薬草を運んだ、一人だよ」
ラニアは、あっさりと答えた。
「それより、彼女の話」
そう言って、ラニアはセリウスをじっと見つめた。
セリウスは、ラニアを初めて見た。城では、挨拶すら交わしていない。金色の瞳が、妙に印象に残る。
「……ラニア? いつ、ここに?」
リリアーナが慌てて声をかけた。
「さっき」
「もう……逃げてばかりで」
「……面倒だもん」
ラニアは、むぅっと頬を膨らませて答える。
リリアーナは、小さく息をつき、改めてセリウスへ向き直った。
「この子は、ラニアです。私の……血縁になります。紹介が遅れてしまって、申し訳ありません」
――打ち合わせ通りの説明。余計なことは、言わない。
「血縁、か」
セリウスは、納得したように頷く。
「髪の色も……確かに、似ているな」
その言葉に、リリアーナは、ほんの少しだけ、胸を撫で下ろした。