作品タイトル不明
ローデンの視線の先
調合室では、セリウスが薬草の棚に向かい、真剣な表情で記録を取っていた。瓶を手に取り、匂いを確かめ、書き留める――
いかにも調査役らしい、几帳面な姿だ。
だが、ローデンの関心は、そこにはなかった。ローデンは窓際に立ち、中庭にいるリリアーナとラニアを見ていた。
(……草に、何をしてる?)
遠目には、ただの水やりに見える。丁寧で、静かで、特別なことは何もしていないように見える。
それなのに、胸の奥に、言葉にしづらい違和感が残った。
(……違うな)
理由は分からない。だが、何かが“違う”。
近くで見れば、分かる気もする。
ローデンは、そっと視線を室内に戻し、セリウスを盗み見る。
彼は相変わらず、薬草に向き合っている。
真面目で、誠実で、疑うことを知らない顔だ。
(……明らかに、あの二人は何かを知っている)
理屈ではなく、直感がそう告げていた。
だが、それをどう伝える?証拠はない。感じただけだ。真面目すぎるセリウスに、この違和感を打ち明けるべきか。
それとも――ローデンは窓の外に視線を戻し、黙り込んだ。
決断を先延ばしにしたまま、二人の背中を見つめ続けていた。
セリウスは、昼食後と夕方の時間に、判別できない薬草を確認したい、そのため、日中はリリアーナたちが同席しなくても問題はない、とオルフェウスに申告した。
実際、薬草の書物は十分に揃っている。
瓶には名称も用途も丁寧に書かれており、必要なのは自分の知識と照らし合わせる作業だった。
こうして、セリウスとローデン二人だけが調合室に籠もる日々が続いた。
――一週間ほどが過ぎた頃。調合室の窓から外を眺めていたローデンに、背後からセリウスが声をかけた。
「ねえ、ローデン」
「……なんだ」
「ローデンが気にしてるのって、リリアーナ? それとも、ラニア?」
唐突な問いに、ローデンの肩がわずかに強張った。
「……どうして、そう思う?」
問い返すと、セリウスはあっさりと答える。 「だって、彼女たちが水やりしてる時、ずっと見てるじゃないか」
(……気づかれてたか)
内心で舌打ちする。 ここで、言うべきなのか? いや、言えるはずがない。
すると、セリウスは勝手に思考を進め始めた。
「リリアーナは新婚だから、絶対に駄目だよね」
(違う)
「となると、ラニアかな?」
(違う)
「でも、年がちょっと離れすぎかな……いや、まだ大丈夫か」
(そういう問題じゃない)
ローデンは、心の中で呻いた。 どうして、そうなる。
「でもさ、接点が少ないと分からないよね」 セリウスは腕を組み、真剣な顔をする。
「問題は、そこかな?」
(……何が問題なんだ)
ローデンは、答えに詰まった。 噛み合っていない。 根本から、話が違う。
だが、セリウスはひらめいたように顔を明るくした。
「そうだ。現地調査ってことで、リリアーナとラニアに案内を頼もうよ」
「……は?」
「そうすれば、自然に近くなれるじゃないか」
妙案だと言わんばかりの笑顔だった。
「いや、それには及ばない」
ローデンは、辛うじてそう言った。
「遠慮しなくていいよ」
セリウスは楽しそうに続ける。
「兄弟じゃないか」
――そうじゃない。
ローデンは、それ以上何も言えず、楽しそうなセリウスを呆然と見ていた。
セリウスはオルフェウスに申し出た。
「せっかく北の地まで来たのですから、実際の生態もこの目で見てみたい。案内を、リリアーナとラニアにお願いできるでしょうか?」
オルフェウスは少し考え、言った。
「本人たちに確認してから、返答しよう」
「もし護衛を心配されているなら、ローデンがいます。問題ありません」
セリウスはそう付け加えた。
ほどなくして、オルフェウスはリリアーナ、エドモンド、ラニアを呼び寄せた。
セリウスが、薬草の野外調査を希望していること。その案内役として、リリアーナとラニアを指名していることを伝える。
「……わたしと、ラニアを、ですか?」
リリアーナは少し意外そうに聞き返した。
「ああ」
オルフェウスは頷く。
すると、エドモンドが一歩前に出た。
「この辺りの薬草なら、リリアーナより俺の方が詳しい。俺も行く」
「エドモンド一人で、十分じゃないの?」
ラニアはあっさりと言った。
――実際、それは事実だった。だが。
「……そういう訳にもいかないだろう」
オルフェウスは小さくため息をついた。
こうして、エドモンド、リリアーナ、ラニア、セリウス、ローデンの五人で、薬草の野外調査に向かうことが決まった。