作品タイトル不明
国王からの手紙
国王からはオルフェウス宛に、王妃からはマルグリット宛に――それぞれ、重みのある封蝋が押された手紙が届いた。オルフェウスは封を切り、読み終えるなり、呻くように言った。
「……薬草を調べに来るらしい。隣の、さらに隣の国からだ」
眉間に深い皺を刻む。
「どう考えても、重要人物だな」
マルグリットもまた、自分宛の手紙に目を走らせ、静かに口を開いた。
「こちらには、指示が来ていますわ」
声は落ち着いているが、内容は決して軽くない。
「リリアーナの能力については、厳重に秘匿すること。それから――甘甘草は“薬”ではなく、“嗜好用のお茶”として言い張るように、ですって」
一瞬、室内の空気が張り詰めた。
「甘甘草については、王妃と公爵夫人が、すべて買い取る予定だとも。そう伝えよ、とのことです」
話を聞いていたエドモンドが、顔を上げ、ためらうように口を開いた。
「……薬草なら、リリアーナが担当に?」
三人は、思わず顔を見合わせた。沈黙ののち、オルフェウスが低く言う。
「それしか、ないか」
マルグリットは視線を伏せたまま、続けた。
「補助を頼めるかしら、エドモンド。リリアーナだけでは心配だわ」
エドモンドは答えなかった。だが、否定もしない。リリアーナでは、不安だ。その思いが、言葉にされることなく、そこにあった。
オルフェウスは短く息を吐き、呟く。
「拒否権は……ないだろうな」
「そうよね……」
その言葉と同時に、部屋に沈黙が落ちた。
誰も、軽々しく口を開けない。
薬草。調査。他国の重要人物。
――無事に、終わるのか。
その問いが、誰の胸にも、重く沈んでいた。
「リリアーナ、話があるんだ」
エドモンドが声をかけると、リリアーナは振り返り、ふわりと笑った。
「なあに?」
先日、結婚式は無事に終わったばかりだ。幸福に包まれている女性というものは、どうしてこうも眩しいのだろう。
一瞬、言葉を選ぶようにしてから、エドモンドは口を開いた。
「……薬草について、以前行った国から調査に来ることになった」
「わざわざ、ここまで?」
リリアーナは目を瞬く。
「この地特有の薬草か、アグネッタが持っていた薬草か。正確なところはわからないが……応対が必要になる」
「師匠の薬草なら、王都で譲ってもらった分が多いけれど……」
リリアーナは、調合室を思い出していた。運び出したのは、棚の一番上に置いてあったものだけ。残りは、あのまま手を付けていない。
「俺も、できる限り立ち会うつもりだ」
エドモンドの声は低く、慎重だった。
「……わかったわ」
リリアーナは素直に頷く。そして、少し首を傾げて言った。
「どんな人が、来るのかしら?」
無邪気とも取れるその仕草に、エドモンドは胸の奥がざわつくのを感じた。
――何事もなければいい。
だが、その願いとは裏腹に、不安だけが、静かに膨らんでいくのだった。
「ラニア、前に行った国から、薬草を調べに人が来るそうよ」
リリアーナは、棚を拭きながら振り返って言った。
「だから、掃除を始めたの?」
椅子に腰かけていたラニアが、気だるげに問い返す。
「そうよ。綺麗にしておかないと、失礼でしょう?」
そう言って、リリアーナは布を手に、棚の隅々まで丁寧に磨いていた。ラニアは立ち上がり、軽く伸びをする。
「頑張ってね。僕は、泉に行ってくるよ」
「わかったわ。気をつけてね」
リリアーナは、何の疑いもなく、そう返した。ラニアは、時折、泉に通っている。あの――魔力が溜まる泉へ。ラニアが作った玉を持って。
一人、静かな廊下を歩きながら、彼はぽつりと呟いた。
「……リリアーナは、呑気だねぇ」
少し間を置いて、苦笑混じりに言葉を続ける。
「まあ、そこがいいんだけど」
振り返らなくても、わかる。今も彼女は、穏やかな顔で棚を拭いているのだろう。
――今日も、リリアーナの笑顔を見ることができた。
それだけで、十分だ。
ラニアは、ほんの少しだけ、笑った。
棚から物が落ちて、割れる音がした。おそらく、リリアーナだ。ラニアは立ち止まった。
「でも、僕のリリアーナを傷つけるような事があったら……」
ラニアの金色の瞳に、静かに光が走った。