作品タイトル不明
皇子の旅立ち
王国に、皇国からの親書が届いた。
封蝋は正式なもので、内容もまた、極めて事務的だった。
――皇国は、薬師アグネッタの死をここに確認する。
ついては、彼女が用いた薬草および調合について、調査の許可を願いたい。アグネッタが最後に滞在した地――王国北の領地において、ならびに、彼女の弟子との面会を求める。
なお、本件の要求が受け入れられる場合、皇国より王国へ課されている賠償金の一部減額を検討する。
読み終えた国王は、深く息を吐いた。
「……アグネッタが、亡くなった、か」
向かいに座る王妃は、静かに眉をひそめる。
「偽装、ではありませんか?」
「それなら、薬草の調査など求めまい」
国王の即答に、王妃の顔色が変わった。
「……まさか」
声が、かすかに震える。
「それよりも問題は、調査の許可だ」
国王は親書を机に置いた。王妃は、目に涙を浮かべながらも、現実を見据えて言った。
「賠償金の負担は、すでに国庫を圧迫しています。答えは……決まっているでしょう」
そう言いながらも、王妃は再び親書に視線を落とした。
北の領地。そこには――リリアーナがいる。そして、甘甘草がある。
(至急、知らせなければ)
王妃は、胸の奥に広がる不安を押し殺した。
この親書は、単なる調査依頼ではない。
皇国が、北に「何か」を見つけに来る――その宣言だった。
皇国の王は、十三番目の王子を呼び出した。
「喜べ。あの国だが――滞在の許可が下りた」
そう告げる声は、朗報を伝えるにはあまりにも淡々としていた。
「ありがとうございます」
十三皇子は、深く頭を下げる。
「護衛だが、すでに決めてある。入れ」
王が短く命じる。扉が開き、入ってきたのは――
「久しぶり、兄さん」
軽い調子で手を振ったのは、十四番目の皇子だった。
「……え、彼が、ですか?」
思わず、十三番目の皇子が声を上げる。
「剣の腕だけなら、国内で一、二を争う」
王は視線を動かさずに言った。
「護衛としては、何の問題もない」
そう言ってから、じろりと十四番目の皇子を睨む。
「今は、ろくな仕事もしていない。ちょうどいいだろう」
「何の仕事もしていない、とは酷いですね」
十四番目の皇子は肩をすくめ、へらりと笑った。
「市場調査をしているじゃありませんか」 「街で飲んで、食べて、金を受け取りに城へ戻るだけの生活を、市場調査とは言わん」
王の言葉に、十四番目の皇子は少しも怯まず、軽く返す。
「庶民を、よく見ているのですよ」
「……まあいい」
王は話を切り上げた。
「決まりだ。二人で行け」
こうして、十三番目の皇子と、十四番目の皇子――性格も立場も異なる二人の旅立ちが、静かに決まったのだった。
十四番目の皇子は、父であり、同時に皇国の王でもある男からの呼び出しに、すっかりうんざりしていた。
――どうせ、また小言だろう。
そう思いながら玉座の間に足を運ぶ。
だが、王の口から出た言葉は、予想とはまるで違っていた。
「護衛をしろ。必要な金は、用意してやろう」
……珍しい。叱責ではなく、頼みごととは。
「俺で、よろしいのですか?」
少しばかり、にやけてしまったのは仕方がない。王は、相変わらず渋い顔をしていた。
「半分遊びのような用事に、人員は割けん」 「……まあ、それはそうですね」
実際、十四番目の皇子は仕事をしていない。
騎士としての務めは適当に流し、面倒な書類仕事はすべて他人に押しつけ、婚約の話が出れば、全力で逃げてきた。
寵愛される十三番目の皇子の、すぐ次。
居てもいなくても、大して変わらない存在。
やりたくないことからは、ひたすら逃げてきた。
ただ一つ、剣を握ることだけは楽しくて、暇さえあれば剣を振っていただけだ。
「お任せください」
どうせ断れない。
王が可愛がる十三番目の皇子の護衛役だ。
王は、じろりと十四番目の皇子を見据えて、念を押すように言った。
「くれぐれも、護衛としての仕事は全うしろよ」
「言われなくても、わかってるよ」
「……どうだか」
短いやり取りに、十四番目の皇子は肩をすくめる。
適当にやって、適当に終わらせればいい。
あいつは真面目すぎるし、正直、性格も合わない。
――結局、大事なのは十三番目の皇子だけさ。
そう思いながらも、どこか投げやりにはなりきれない自分に、十四皇子は小さく息を吐いた。
――旅か。日常から、たまには、脱却するのも悪くないか。そう考えながら、差し出された金袋を受け取る。
ずしりとした重みに、十四番目の皇子はにんまりと笑った。