作品タイトル不明
二人の男の来訪
北の領地に、二人の男が来訪したのは、それから数日後のことだった。彼らはまず、恭しく国王の名が記された書簡を差し出した。
封を解くと、そこには簡潔ながらも重みのある文言が記されている。
《この者たちは、皇国より正式に派遣された者である。その身分と行動については、我が名において保証する。
薬草に関する調査につき、必要な協力を願いたい》
書簡を読み終えた後、前に立つ男が一歩進み出た。
「初めまして。調査を担当いたします、セリウスと申します」
柔らかな物腰で、穏やかに名乗る。その少し後ろに立っていた男が、軽く頭を下げた。
「護衛を務めます、ローデンです」
二人とも、年若く見えた。
オルフェウスは、こちらも名乗り返す。
「北の領地を預かる、オルフェウスだ。妻のマルグリット、息子のエドモンド、そして息子の嫁、リリアーナだ」
紹介を受け、セリウスはにこやかに微笑み、自然な視線で一同を見渡した。
「滞在期間は、長くても半年を予定しております。ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
その笑顔は、驚くほど人当たりが良かった。
(……意外だな)
オルフェウスは、内心でそう思う。もっと、堅物か、あるいは高圧的な人物を想像していた。
――好青年が、来たものだ。
だが、ふと視線を横に移す。エドモンドは、無意識のうちにリリアーナの前へ、半歩ほど立っていた。表情は硬く、視線はセリウスから離れない。理由は、単純だった。
新婚の妻の傍に、人当たりの良い、年若い他国の男が、半年という時間を共に過ごす。理屈では理解していても、胸の奥に、不安が残る。
歓迎の場には不釣り合いなほど、険しい顔をしていた。
彼らが到着した日の夜、館では簡単ながらも心のこもった歓待の食事が振る舞われた。
長旅の疲れを思えば、過度なもてなしは不要だろう――そんな配慮だった。
食後、穏やかな沈黙が流れる中で、オルフェウスがふと口を開いた。
「リリアーナ、リュートを弾けるか?」
最近は、毎晩のようにエドモンドにせがまれて、寝る前にリュートを奏でている。そのことを思い出し、リリアーナは小さく頷いた。
「はい」
近くに置いてあったリュートを引き寄せ、膝の上に乗せる。
――遠くから来た、お客様、かぁ。
指先を弦にかけ、そっと音を確かめる。そして、静かに弾き始めた。やがて、柔らかな旋律に乗せて、歌が紡がれる。
夜は すべての人に等しく
星は 分け隔てなく瞬く
疲れた者よ 恐れることはない
闇は あなたを包むためにある
まぶたを閉じて 今は眠れ
明日は また同じ朝が来る
歌声は、派手さはない。けれど、静かで、温かく、胸の奥に染み入るようだった。
セリウスも、ローデンも、言葉を失ったまま耳を傾けていた。
――何も期待していなかった土地で、このような弾き語りが聴けるとは。
ただ、ひとつだけ。リリアーナのすぐ隣に座るエドモンドが、無言のまま、微妙に距離を詰め、まるで「これ以上、近づくな」とでも言うような空気を纏っていたのが、少しばかり、印象的だった。
食事の後、セリウスとローデンは用意された客間に入り、扉が静かに閉めた。二人で一室で構わない――そう、あらかじめ申し出ていた。
「悪くないリュートだったね」
セリウスが、靴を脱ぎながら言った。先ほどまで耳に残っていた旋律を、そっと思い返すような声だった。
「まあまあ、だな」
ローデンは短く答え、椅子に腰を下ろす。
「しかし……エドモンドの嫁、かぁ」
セリウスは天井を見上げ、静かに息を吐いた。
「あんなふうに、自然に寄り添える関係って、いいよね」
一瞬だけ、表情が柔らぐ。
「僕も……早く、ああなりたい」
「婚約者か」
ローデンの言葉に、セリウスは小さく笑った。
「うん。だから、ここに来た」
その声には、迷いがなかった。
「彼女の薬のことが、どうしても知りたくて。ちゃんと治して、一緒に結婚したいんだ」
「……夢だな」
ローデンは肩をすくめる。
「いいじゃないか。夢くらい」
セリウスは苦笑しつつも、どこか真剣だった。
「守りたい人がいるって、悪くないよ」
ローデンは返事をしなかった。
――婚約者も、恋人も、妻も。正直、面倒なだけだ。縛られるくらいなら、一人でいる方がいい。気楽で、自由で、誰にも気を遣わずに済む。
……そう思っている自分を、わざわざ口に出すつもりはなかった。
ローデンは視線を逸らし、窓の外の夜を見た。
静かな北の領地に、まだリュートの余韻が、かすかに漂っている気がした。