軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇国にての彼女

皇国にて。彼女は、久しぶりに自力でベッドから身を起こした。天蓋越しに見る天井は、変わらないはずなのに、どこか違うように感じられる。

あの時、見知らぬ調合師が訪れ、若い女性と、まだ子どもにも見える少女が現れた日のことが、ずいぶん昔の出来事のようだった。

「……起きて、よろしいのですか?」

使用人が、驚きを隠せない声で言った。

「ええ。きっと、この薬が……よく効いているのね」

彼女は、ほんの少しだけ微笑む。

「ですが……お薬も、もう残りが少なく……」

使用人の表情が曇る。

その薬は、詳しく調べられた。多くの薬草は判明した。一般的に使われるもの。希少ではあるが、記録に残るもの。

けれど――どうしても、特定できない成分があった。父親は、その正体を突き止めるために、惜しみなく金を使ったという。

それでも、誰もが首を傾げるばかりだった。

――あの人が、生きていれば。何度、その言葉を口にしかけただろう。お礼すら、伝えられないまま。薬について、教えを乞うことすらできないまま。

それでも――日々は、少しずつ前に進んでいた。

婚約者は、変わらず彼女の体調を確かめに通ってくれている。

――コンコン。

扉を叩く音。彼だ。

「今日は、顔色がいいね」

そう言って、穏やかに微笑む。

「はい。今日は、一緒に庭を散歩する約束でしたから」

部屋中の隅には、車椅子があった。

彼女は、微笑み返した。

「では――お手をどうぞ。お姫様」

差し出された手。

「……はい」

彼女は、その手を取り、ゆっくりと立ち上がる。

その瞳には、確かに――未来を映す、光が宿っていた。

皇国の十三番目の王子は、彼女の横顔を静かに見つめていた。

少しずつ――本当に、少しずつ。頬に肉がつき、指にも柔らかさが戻ってきている。

(……回復している)

そう思える変化だった。

だが同時に、彼は知っている。彼女が、これまで何度も「良くなっては、また倒れる」を繰り返してきたことを。

――今は、良い。けれど、いつ、どうなるかは分からない。

ふと、彼女の父親との会話が脳裏に浮かぶ。

「薬の内容は……どうしても、分からないのか?」

「……はい。あらゆる手を尽くしましたが」

そのときの父親の、苦々しい表情。

調合された薬は詳細に分析された。だが、どうしてもわからない部分が残った。

保存されている物、記録に残っている物に当てはまらない薬草。

「アグネッタの弟子たちは、あの国の北の領地だったな」

彼女の父親が、ふと呟いた言葉を、王子は思い出す。

「……それは?」

「アグネッタが薬を取り寄せた際、とても貴重だからと、弟子たちが直接運んできたそうだ」

――弟子。王子の胸に、微かな可能性が灯った。もしかしたら、その弟子たちは、薬について何か知っているのではないか。

王子は意を決し、父、皇国の王に向き直った。

「……どうしても、薬について知りたいのです。あの国へ行く許可をください」

皇国の王は、露骨に顔を曇らせた。

「あの国には……あまり良い感情を抱いていない」

戦争。奪い取ったはずの、アグネッタの死。

しかし――目の前にいるのは、自分が最も愛した女性の子。

「誠意をもって臨めば、教えてくれるかもしれません」

十三番目の皇子は、必死に言葉を紡いだ。

「それは甘い考えだ。誠意を示すなら、おまえでなくとも良いはずだ」

王子は、言葉を失った。

沈黙ののち、絞り出すように言う。

「……ですが。彼女は、私の婚約者です。だからこそ――私が行くべきだと、思うのです」

王は、深く息を吐いた。

「……護衛をつける。期日は、半年だ。それまでに成果がなければ、速やかに帰還しろ」

「それは……!」

王子は、思わず顔を上げる。

「……道は、作ってやろう」

苦々しい声だった。

「ありがとうございます!」

王子は、思わず弾んだ声で礼を述べた。

だが、皇国の王の思考は別のところにあった。

薬を得られれば、それで良い。もし失敗したとしても――皇子に経験と成長が残る。

どちらに転んでも、皇国にとっては無駄ではない。

「婚約者を、あまり待たせるなよ」

その一言に、王子は深く頷いた。