作品タイトル不明
リリアーナの不安
城に近づくにつれて、リリアーナの様子が、どうにもおかしくなっていった。
端的に言えば―必要以上に、エドモンドと距離を取ろうとするのだ。
食事の席では、必ずラニアを間に挟む。話しかける相手も、エドモンドではなく、ラニアばかりになった。
エドモンドが何か言おうとすると、さっと身を引き、時には視線を泳がせたまま、意識がどこか遠い世界へ飛んでいるような顔をする。
あまりに不自然だった。
エドモンドは、思い切ってラニアに小声で尋ねた。
「……リリアーナが、俺を避けているように見えるんだが」
ラニアは、きょとんとした顔で首を傾げる。
「“見える”じゃなくて、そうだと思うよ?」
「……俺、何かしたか?」
真剣な問いに、ラニアは少し考える素振りをしてから言った。
「……した、と言えば、したかもね?」
二人して、リリアーナの方を見る。
リリアーナは少し離れた場所に座り、両手で顔を包んでいた。ときどき、何かを振り払うように、小さく頭を振っている。
「……もしかして、何か悪いものでも食べたんじゃないのか?」
エドモンドは、不安になった。
リリアーナには、前科がある。
知らないうちに何か口にしていても、おかしくはない。
「放っておけば、いいと思うけど」
ラニアは、どこか含みのある調子で言った。
それでもエドモンドは我慢できず、リリアーナに声をかけに行った。
「何か変な物でも食べたのか――」
「た、食べてません!」
リリアーナは顔を赤くし、そう言い残して、逃げるように去っていった。
その場に残されたのは、理由のわからないままのエドモンドだけだった。
……どうして、エドモンド様は、何も変わらないのだろう。
籍に入ったのよね。本当に。間違いなく。籍に入った、ということは……そういう、こと、なのよね。
リリアーナは、一人で考えていた。
城に戻れば、また日常が始まる。きっとマルグリットは、結婚式の準備を着々と進めているはずだ。そうして、その先には――新婚生活、というものが待っている。
今までは、あまりにも慌ただしくて、深く考える余裕がなかった。けれど今は、ただ馬に揺られ、風を受けているだけだ。
何もしていない時間が、かえって想像を呼び起こす。
――どうしよう。「普通」が、わからない。夫婦として、何を話せばいいのかも、わからない。意識しないようにしようとすればするほど、胸の奥で、不安ばかりが大きくなっていく。
リリアーナは、どうしていいかわからないまま、思考の渦に沈んでいった。
「リリアーナ」
エドモンドの声に、リリアーナははっと現実に引き戻された。
「……はい?」
「馬に、髪を噛まれてるぞ」
「え。うそ」
そう言われて、ようやく気づく。本当だった。リリアーナの髪は、馬の涎でべったりと濡れている。
エドモンドは何も言わず、さっと布を取り出し、丁寧に髪を拭いた。リリアーナは、言葉を失っていた。
――心臓が、うるさい。どうして、こんなに早く打つの。
沈黙が流れる。
その中で、エドモンドがぽつりと言った。
「……何か、傷つけていたら、ごめん」
リリアーナは、はっと顔を上げた。そこにあったのは、不安そうな瞳だった。
「……そうじゃ、ない」
震える声で、そう答える。
「じゃあ?」
「……わからないの」
「……何が?」
「新婚の……会話が、わからないの」
顔を真っ赤にして、絞り出すように言う。エドモンドは一瞬きょとんとし、それから、ふっと笑った。
「そのままで、いいよ」
そう言って、真っ赤になったリリアーナを、そっと抱きしめた。――その腕が、ほんのわずかに震えたことに、リリアーナは気づかなかった。
少し離れた場所で、ラニアはその様子を見ていた。優しくて、悲しくて、それでも、少し嬉しそうな――そんな複雑な色を宿した瞳で。