作品タイトル不明
結婚式を前にして
リリアーナたちは、城へと戻った。
オルフェウスとマルグリットは、アグネッタの一件を聞き、驚き、呆れながらも――それ以上に、全員が無事で帰還したことを心から喜んだ。
「リリアーナ、少し……いいかしら?」
不意に、マルグリットが真剣な顔で声をかけた。
……え。
こんな表情のマルグリット様、見たことがない。胸の奥で、心臓が嫌な音を立てる。
「こちらへ」
そう言われ、マルグリットの部屋へと促される。扉をくぐった瞬間、さらに強まる不安。
――私、何かしてしまったのかしら。
マルグリットは、リリアーナを爪先から頭のてっぺんまで、じろりと見つめた。
「……待っていなさい」
それだけ言い残し、部屋の奥へと消える。
……どうしよう。マルグリット様、怖いわ。
リリアーナは顔を青くしながら、その場でじっと待った。
「お待たせ」
戻ってきたマルグリットの腕には、一着のドレスが抱えられていた。
「少し、刺繍を入れたのよ。少しでも……綺麗に見えるようにね。ほら、着てみて」
差し出されたのは、白いドレス。
銀色に淡く光る刺繍が、細やかに施されている。
「……はい」
喉が詰まり、うまく言葉が出なかった。
――どうしよう。とても……嬉しい。
かつては苦しくて着られなかったそのドレスが、今はきちんと、リリアーナの身体を包み込む。
「……よかったわ」
マルグリットは、ほっとしたように微笑んだ。
「とても、よく似合っているわ」
「ありがとう……ございます」
堪えていたものが溢れ、リリアーナの目から涙がこぼれ落ちた。マルグリットは何も言わず、そっとリリアーナを抱きしめる。
「よく、無事で帰ってきてくれたわね。これから……よろしくね」
「……はい」
リリアーナは涙を溜めた瞳でマルグリットを見上げ、静かに、けれど確かに答えた。
結婚式の前の夜。リリアーナは肌を磨き、髪を整え、身支度に追われている。
その時に、エドモンドはラニアに声をかけた。
「……少し、いいか?」
「いいけど」
ラニアは、やや面倒そうに答える。
二人は城の庭へ出た。
空には星が満ち、澄んだ夜気が静かに流れている。
「……もっと、反対するかと思っていた」
エドモンドは、ラニアの隣に立って言った。
ラニアは答えず、しゃがみ込む。
「今でも、嫌だよ」
拗ねたような声だった。
「だったら――」
エドモンドが言いかけた、その時。
「泉の中で、わかったんだ」
ラニアが、ぽつりと口を開いた。
「笑わないリリアーナは……僕の望みじゃない、って」
声が、かすかに震える。
「どれだけ近くにいても。どれだけ、僕だけのものでも……それじゃ、違った」
ラニアは足元の草を一本抜き、しばらくそれを見つめてから、地面へ落とした。
「ラディンがリリアーナを連れ去った時……
悲しくて、すごく怒れて……でも、少し、ほっとしたんだ」
ラニアは目を伏せる。
「泉から出て、また会った時の、あの顔を見て……」
言葉が、そこで途切れた。
星が降るような夜空の下、エドモンドは何も言わず、沈黙を守った。
「僕は、リリアーナの笑顔が好きなんだ」
ラニアは、ゆっくりと立ち上がる。
「不思議だよね。精霊だった頃は、こんな気持ち、なかったのに」
エドモンドは、少しだけ微笑んで言った。
「リリアーナを笑顔に、か。それなら……一緒にしていけば、いい」
少し優しく、少し温かい声で。
「……どうだろう」
ラニアは小さく呟いた。
二人は、それ以上言葉を交わさず、ただ並んで星を見上げていた。