作品タイトル不明
帰り道
「さて、俺たちも帰ろう」
エドモンドが、前を向いたまま言った。
「とっても疲れた~」
ラニアは、いつもの軽い調子で応じる。
「でも……ラニアのおかげで助かったよ。本当に、ありがとう」
リリアーナがそう告げると、ラニアは一瞬だけ視線を逸らし、
「別に、いいよ」
と、そっけなく返した。
けれど、その横顔は、どこか照れているようにも見えた。
――師匠。どうか、長生きしてください。風を全身に受けながら、リリアーナは心の中で願う。
できれば、また会えたらいい。けれど、それは……難しいだろうか。
リリアーナは前を見た。先を行くエドモンドの背中は、変わらず頼もしかった。
その少し後ろを行くラニアの姿からは、かつて感じた恐ろしさが、ずいぶんと薄れている。まるで、幼い子どもが、ある日を境に急に大人びたような――
そんな眩しさを覚えながら、リリアーナは二人の背を見つめた。
馬は、軽やかに蹄を鳴らし、帰路を進んでいく。
帰り道の、とある宿にて。
久しぶりに、リリアーナとラニアは二人きりで同じ部屋にいた。
「ラニア……ずっと疑問に思っていたのだけど……」
リリアーナは少し迷ってから、思い切って口を開いた。
「彼女の中にあった、あの異常なもの……どうやって消したの?」
「ん?」
ラニアは首を傾げてから、あっさりと言う。
「あれはね、リリアーナでも出来るよ」
「え……?」
「私は、成長させることは出来ても、消すことは無理よ」
そう言うと、ラニアは怪訝そうな顔をした。
「あれはね、とっても凄い速さで“成長”させたの。人が生まれたら、必ず死ぬように」
リリアーナは黙り込んだ。
――ラニアの言っていることが、わからない。
「増える時間すら与えずに、やるんだ」
……ますます、わからない。何のことを言っているのだろう。
「まあ、リリアーナには、まだ難しいかな」
その一言に、胸がきゅっと縮んだ。
――あ。何か、見捨てられた。
それだけは、はっきりとわかった。
リリアーナは気持ちを切り替えるように、話題を変える。
「……師匠は、いつの間に?」
「アグネッタに触れたでしょ?その時」
「でも、あの時は……普通だったわ」
「最初は、種にしたの」
ラニアは淡々と続ける。
「時間が経ったら芽吹くようにして。心臓から、身体中を支配するようにね」
……種?それは、あまりにも器用で、あまりにも異質なやり方だった。
リリアーナの疑問に、ラニアは丁寧に答えてくれた。けれど、その説明は、どこか遠い世界の話のようで。リリアーナの中には、最後まで実感として、落ちてこなかった。
とある町にて。
リリアーナは、ほんの少しの時間、店で買い物をすることにした。城にいるオルフェウスとマルグリットへ、いつも世話になっているお礼の品を買おう――そう言い出したのは、リリアーナだった。
アグネッタの件がひとまず落ち着き、心に、わずかな余裕が戻ってきたのだろう。ラニアはリリアーナの隣に腰を下ろし、棚に並ぶ品々を、じっと静かに眺めている。
「ねぇ、これなんてどうかな?」
リリアーナがエドモンドに声をかける。手にしていたのは、この地方で盛んな織物のハンカチだった。
「いいんじゃないのか」
短く、穏やかな返事。
「じゃあ……これと、これと……」
そう言って、リリアーナはいくつか選んでいく。けれど、ふと動きを止めた。
「あのね……」
少しだけ恥ずかしそうに、視線を伏せる。
「私たちも……お揃いで買っても、いいかな」
「いいよ」
迷いのない答えだった。
再び真剣な表情で品を選び始めるリリアーナを、エドモンドは黙って見守る。
その横顔を眺めながら、彼は静かに、胸の奥に広がる温かなものを噛み締めていた。
ラニアはちらりと、エドモンドとリリアーナを見たけど、なにも言わずに視線を戻していた。
エドモンドは少し考えてから、ラニアに声をかけた。
「……ラニアも、お揃いで買うか?」
ラニアは、ぱっと顔を上げる。
けれど、すぐに言葉を失い、視線を落とした。
「……でも……」
言いかけて、口を閉じる。そして、自分の服をきゅっと握った。
――昔のラニアなら。きっと、リリアーナと二人だけのお揃いを、当然のようにねだっただろう。そう思ったエドモンドは、視線をリリアーナへ向けた。
「ラニアも一緒に、お揃いで買おうか」
リリアーナは、少し驚いたように目を瞬かせてから、すぐに笑った。
「そうだね。一緒のがあっても、いいよね」
とても、柔らかくて、あたたかな笑顔だった。
ラニアは、リリアーナを見て。それから、エドモンドを見る。そして、ほとんど聞き取れないほど小さな声で、呟いた。
「……この、リリアーナの笑顔が、見たかったんだ」
その言葉は、リリアーナの耳には届かなかった。
けれど、エドモンドには――確かに、聞こえたような気がした。