作品タイトル不明
摩鳥襲来が終わる
オルフェウスは、皇国との軋轢があっても、驚くほど冷静だった。静かに弓を引き、呼吸を整える。放たれた矢は揺らぐことなく一直線に飛び、確実に魔鳥を射落としていった。その安定した軌道は、長年の経験と覚悟の賜物だった。
ふと、オルフェウスは小さく苦笑する。今、この場に立ち、戦線を支えられているのは、紛れもなくリリアーナとラニアのおかげだという現実を、否応なく突きつけられたからだ。
遠目にリリアーナを見る。朝からどこか抜け落ちていた彼女の気配が、今は確かに戻っているように見えた。弓を構える姿に迷いは残るものの、その瞳は前を向いている。
一方で、ラニアはリリアーナだけでなく、周囲すべてに気を配り、警戒を怠らない。あの小さな身体で、その振る舞いはすでに一人前の兵士――いや、それ以上だった。
……負けてはいられない。
オルフェウスはそう胸の内で呟き、再び静かに弓を構える。狙いを定め、魔鳥を射抜くために。
三日目はリリアーナに一時的な不調こそあったものの、誰一人として致命的な怪我を負うことなく、その日を終えることができた。
リリアーナ、ラニア、オルフェウス、そしてもう一人の兵士は、それぞれに疲労を抱えながらも持ち場を守り抜き、矢を放ち続けた。
こうして七日間に及ぶ魔鳥の襲来は、昨年とほぼ同程度の被害で乗り切られることとなった。兵士や家畜に犠牲は出たものの、それでもなお、誰もが覚悟していた状況を思えば、予想以上に抑えられた結果だった。
すべてが終わった後、リリアーナは大きく息を吐いた。胸の奥に溜まっていた緊張が、ようやくほどけていくのを感じる。
……結局、普通の矢を使うことはできなかった。
ラニアは、あれほど自然に普通の矢を操り、周囲の魔鳥までも次々と射落としていたというのに。
私は、まだ足りない。まだ力が無いのだ。
ほとんど残っていない魔石付きの矢を見つめ、リリアーナは静かにため息を落とした。その小さな吐息には、安堵と同時に、拭いきれない悔しさが混じっていた。
一方その頃、戦場にも大きな動きがあった。
エドモンドたちを率いていた総指揮官が、敵軍の放った矢に倒れたのである。
「誰が、代わりを務めるのだ」
「国王からの指示は、まだ来ていないのか」
動揺する貴族たちの声が飛び交い、陣営は混乱に包まれていた。その喧騒から少し離れた場所で、エドモンドと学生時代の友人は、声を潜めて言葉を交わしていた。
「エドモンドが総指揮を取れよ」
友人が低く言う。
「あんな目立つ役は御免だ。それなら、お前がやれ」
エドモンドは即座に返した。
「冗談だ。ただ……今のままじゃ、確実に不味い」
「……ああ」
二人の視線は、統率を失った陣営へと向けられた。話し合いはいたずらに長引き、結局、総指揮官の副官が代理として指揮を執ることに決まった。
その場は解散となったが、エドモンドと友人は互いに目配せし、陣幕へと向かう副官のもとへ足を運んだ。
――この戦場を、これ以上混乱させるわけにはいかない。
そう、二人とも同じ思いを胸に抱いていた。
翌日、戦場にエドモンドと友人の姿はなかった。
彼らに従っていた兵士の一部もまた、主戦線から姿を消していた。
草原の一角、視界の開けた緩やかな高地。
そこに集められたのは、決して多くはない弓兵と、機動力に優れた少数の兵だった。
弓矢の人数は少ない。
正面から撃ち合えば、数で押し潰されることは明白だった。
だからこそ、彼らは正面に立たなかった。
敵が大軍で前進を始めたその時、
草原の横合いから、矢が降り注いだ。
統率の取れた、無駄のない一斉射。
狙いは兵ではない。
旗、伝令、そして――指揮官。
敵陣の奥、華美な鎧に身を包んだ総指揮官を、エドモンドは静かに見据えていた。
距離はある。風もある。
だが、迷いはなかった。
弓を引き、呼吸を止める。
矢に込めたのは、技術と経験と魔力、そして冷静な判断だけ。
放たれた矢は、美しい軌道を描き――
敵の総指揮官の喉元を正確に射抜いた。
一瞬の静寂。
次いで、敵陣に走る動揺。
その瞬間を逃さず、友人が剣を抜いた。
「今だ!」
叫びと共に、彼は先頭に立って突撃した。
躊躇はない。恐れもない。
弓の雨で混乱した敵陣へ、果敢に斬り込んでいく。
剣が閃き、敵兵が倒れる。
友人の背中に続き、決死隊が雪崩れ込んだ。
指揮官を失い、側面から切り裂かれた敵は、もはや隊列を保てなかった。
命令は届かず、退くべき方向すら定まらない。
そこへ、再び弓兵の矢が放たれる。
数は少ない。
だが、狙いは正確で、致命的だった。
草原の戦いは、急速に終結へと向かった。
結果は、完全なる勝利。
圧倒的兵力差を覆したのは、数ではない。
二人の判断と技量、そして互いを信じた連携だった。
この戦いで、誰もが理解した。
エドモンドの弓は戦局を射抜き、
その友人の剣は、道を切り拓いたのだと。
二人の力が示された戦いだった。