作品タイトル不明
魔鳥襲来1日目
一日目を終えて、リリアーナとラニアの身体に傷はなかった。
正確に言えば――ラニアの矢が届く範囲では、怪我人すら出なかったのだ。
それ以外の場所では、地上に降りた魔鳥と兵士たちが直接刃を交えていた。しかし、彼らの被害は最小限に抑えられていた。アグネッタが調合した魔鳥避けの効果が、予想以上に発揮されたからだ。
リリアーナに頼まれたアグネッタは、過去の記録を集め、素材を吟味し、何度も失敗を重ねながら薬を完成させた。
――弟子と同じものを作るなど、彼女の誇りが許さなかった。より良く、より確実に。それが師としての矜持だった。
「本当は、ゆっくり過ごす予定だったのだけどねぇ」
想定外の忙しさではあったが、不思議と悪い気分ではなかった。今日の戦果を聞いたアグネッタは、ようやく胸をなで下ろす。
それはマルグリットも同じだった。城で報告を受け、静かに目を閉じて祈りを捧げる。
そして、戦場に立っていたオルフェウスは、この一日の結果を「上々」と判断した。
同時に――ラニアという存在が、自分の持つ常識の枠から完全に外れていることを、改めて思い知らされたのだった。
奇跡の一日は、こうして静かに幕を閉じた。
その夜、リリアーナは疲れ切った身体を無視して、ラニアに詰め寄った。
「……練習の時、わざと外してたの?」
ラニアはにっこりと笑って答える。
「違うよ。魔力をのせないと、あんな感じになるだけ」
「どういうことなの?」
「魔力で矢を包んで、無理やり軌道を修正してるの。でもね、とても疲れるから、いつもはやらない」
ラニアは小さくあくびをすると、
「すごく眠いから。おやすみ」
そう言って、そのまま一人でベッドにもぐり込んだ。
……魔力で、矢を包めば、あの威力になるの?
普通の矢が?
あの小さな腕で?
けれど、いつもなら「一緒に寝る。待ってる」と言うラニアが、今夜は振り返ることもなく眠りについた。本当に、疲れ切っているのだ。こんなことは、今まで一度もなかった。
呆然と立ち尽くしていたリリアーナは、ふと気づく。
泉から現れて以来、ラニアは自分を「リリー」と呼ばなくなっていた。
――それは、私が拒絶したから?
――私を、見ているの?
――だから、一緒に戦うことを選んだの?
――私が、兵士たちが無事でいることを望んでいるから、私以外の人間まで守ったの?
ただ成長したのだと思っていた身体とは別に、明らかに、何かが違う。
リリアーナは、静かな寝息を立てるラニアを見つめながら、答えの出ない思考の中へと沈んでいった。
次の日も、ラニアはまるでリリアーナを守る盾のように、その傍らに陣取っていた。
最初は訝しげに見ていた人々も、次第にラニアの弓の腕前に驚嘆の声を上げ始める。
「見たか、あの小さい子を」
「ああ、リリアーナ様の近くにいる子だろう?」
「魔鳥を前にしても、まったく怯えない」
「しかも、降り立つ魔鳥を一羽残らず射落としている……」
その光景は、エドモンドが魔鳥襲来に間に合わなかったという現実に不安を抱いていた人々の心を、確かに支えていた。
恐怖の中にあった胸に、安堵が静かに広がっていく。
やがて話題は、リリアーナにも及ぶ。
「リリアーナ様も、すごいな」
「ああ、エドモンド様ほどの力強さはないが……」
「それでも、魔鳥を確実に仕留めている」
飛距離はなくとも、揺るぎない確実さ。
その一射一射が、人々の命を守っていた。
アグネッタが調合した魔鳥避けは、想像以上の効果を発揮していた為、前線からも後方からも、「あれがなければ、もっと被害が出ていた」という声が相次ぐ。
中には、
「これを家畜にも使えたら、被害をさらに抑えられるのではないか」
という意見も上がった。
だが、アグネッタはきっぱりと言い切った。
「獣は人よりも遥かに匂いに敏感です。混乱や拒絶反応を招く恐れがあります。お勧めはできません」
その一言で、家畜への使用案はすぐに取り下げられた。
……これ以上働くのは、正直きつすぎるわ。
胸の奥でそう思いながらも、アグネッタは表情には出さなかった。それよりも、リリアーナとラニアが、思っていたよりも遥かに健闘をしているのに驚いていた。
まだ若いのだから命を大切にして欲しい、そう思うのは自分が年寄りなのか……。アグネッタはリリアーナ達を眩しく見ていた。