作品タイトル不明
リリアーナ、手紙を書く
エドモンド様
お元気でいらっしゃいますか。
毎日、あなたの無事を祈らずにはいられません。
私も、矢の訓練を再び始めました。
まだまだ未熟ですが、弓を引くたびにエドモンド様の背中を思い出します。
ラニアも一緒に矢を習い始めたのですが、矢は思いもよらない所へ飛んでしまって……教え方に少し困っています。けれど、その真剣な横顔を見ると、胸が温かくなります。
それから――驚かないでください。
私、一人で馬に乗れるようになりました。
矢の職人さんの所へ、ラニアと二人で遠出もしました。少しは、誇ってもらえるでしょうか。
もし帰ってこられたら……二人で遠乗りができたら嬉しいです。
甘甘草は順調に育っています。
緑の手の能力者は、まだ来ていませんが、エドモンド様の区画はラニアが代わりに世話をしてくれています。
私の手伝いをしたいのですって。
不思議なことに、とてもよく育っていて……
ラニアだからでしょうか、と密かに思っています。
戦場は厳しいと聞いています。
それでも、どうか無事でいてください。
帰ってくる日を思うことが、今の私の支えです。
また笑顔で会えるその日まで。
どうか、どうか、お気をつけて。
ずっと想っています。
リリアーナより
追伸 クッキーを焼きました。一緒に送ります
エドモンドは簡潔な文で返事を書いた。
リリアーナへ
クッキー、確かに受け取りました。ありがとう。とても、美味しく出来てました。こちらは膠着状態が続いていますが、近いうちに自分も前線に立つことになるでしょう。
あなたが馬に乗れるようになったと聞いて、正直驚きました。遠乗り、いいですね。
魔鳥の襲来も近い頃でしょう。どうか無事でいてください。
エドモンド
本当は、もっと書きたいことがあった。聞きたいことも、伝えたい想いも、いくらでもあった。
けれど、紙に残した言葉はこれだけだった。
それでも、願いは同じだ。
互いに無事でいること。
そして、いつか必ず再会すること。
手紙を書き終えたエドモンドは、ぎゅっと拳を握りしめ、雲の流れる空を見上げた。
その先にあるのが戦場であっても、帰るべき場所があることだけは、はっきりとエドモンドの胸に刻まれていた。
アグネッタは、クッキー作りに奮闘するリリアーナの様子を、少し離れた場所から見守っていた。
――エドモンド様に、何か送りたい、だなんて。
それが薬草ではないところに、成長を感じるべきなのだろうか。そう思いながらも、アグネッタは苦笑を隠せなかった。
一度目のクッキーは、「身体に良い薬草を全部混ぜてみました」と満面の笑みで差し出された緑色の物体。正直なところ、酷い出来だった。あれはもはや菓子ではなく、薬草の塊と言っていい。
それに――。
アグネッタは、そっとリリアーナに視線を向けた。エドモンドが戦場へ赴いてから、明らかに彼女の食は細くなっている。
「……あまり、お腹が空かなくって」
本人はそう言って笑うが、弓の訓練に乗馬。日々の活動量は増える一方だ。実際、リリアーナの身体は以前よりも引き締まり、無駄が削ぎ落とされている。
――ふわふわの柔らかい身体の方が、私は好みなのだけれどねぇ。そんな本音を、アグネッタは胸の内にしまい込んだ。
マルグリットは、おやつを再開していいと言ってくれた。けれどリリアーナは、「エドモンド様が戦場にいらっしゃるのに、私だけ食べるわけにはいきません」と、頑なに首を振ったのだ。
その健気さが、痛ましい。
アグネッタは小さく息を吐いた。
心配が尽きることは、どうやら当分なさそうだった。
弓の練習をラニアと並んで行っていた、ある日のことだった。不意にラニアが、何でもないことのように口を開いた。
「ねぇ、どうして矢に魔力をのせないの?」
リリアーナは一瞬、言葉に詰まり、少しだけ視線を逸らしてから答えた。
「……矢には、魔石が使われていないと、上手く魔力をのせられないのよ」
ラニアは「ふぅん」と言う代わりに、こてんと首を傾けた。
「何で? 剣を振るときは、魔力をのせるでしょ。矢も同じだよ」
――だって、普通の矢にはどうしても魔力をのせられない。それは常識であり、誰もが知っている前提だ。
リリアーナは、ラニアの言葉の意味が理解できず、黙り込んだ。その沈黙を見て、ラニアは少しだけ得意そうに続ける。
「剣は、いつも使うから魔力が馴染んで、のせやすいんだよ。矢だって、本質は変わらないでしょ?」
「何を言ってるの?」
リリアーナは思わず声を強めた。
「出来ないわ、そんなこと」
ラニアはむっと唇を尖らせた。
「もぉ。一回しかしないから、よく見てて」
そう言うと、ラニアは弓を構えた。
その姿に、これまでとは違う気配が宿る。
――空気が、変わった。
小さな身体から、溢れるような魔力が立ち上る。
リリアーナは息を呑んだ。
「……っ」
放たれた矢は、一直線に空を裂き、
今まで一度もかすらなかった的の――真ん中に、深く突き刺さった。
「魔力をもっと集めて、矢を包み込むの」
ラニアはそう言いながら、まるで飽きたおもちゃでも扱うかのように、弓を軽く下ろした。
リリアーナは言葉を失ったまま、的に突き立つ矢を見つめていた。それは、彼女の知っている“常識”が、音もなく崩れ落ちた瞬間だった。