軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エドモンドは戦場に行くことになった

エドモンドは、静かにオルフェウスを見据えて言った。

「……俺が行くしかないでしょう」

戦争になれば、前線に立つのは若者が常だ。体力があり、過酷な環境にも適応できる者が選ばれる。それは、この国では当たり前のことだった。

「でも、リリアーナとの結婚式が……」

マルグリットの声には、抑えきれない悔しさが滲んでいた。延期に次ぐ延期――リリアーナがあまりにも不憫だった。

「わかっています」

エドモンドははっきりと答えた。

「ですが、国が無くなってしまえば、それどころではありません」

「……もう、決めているのだな」

オルフェウスは呻くように言った。

「はい。魔鳥の襲来が本格化する前に終わればいいのですが……」

そう言いながら、エドモンドは言葉を濁した。そんな都合の良い結末など、誰も期待していなかった。

リリアーナは、ずっと無言だった。

――ようやく、一緒に過ごせる日々が続くと思ったのに。どうして、今なの?

……リリアーナはスカートの裾を強く握りしめ、涙が零れ落ちないよう、必死に耐えていた。

エドモンドは、リリアーナの様子に気がついたが、彼女から視線を外し、何も言わなかった。

その夕方、エドモンドはリリアーナにだけ聞こえる声で言った。

「夜中に、二人きりで話せないか。月が真上に来る頃、中庭の階段で待っている」

リリアーナが戸惑った。しかし、返事をしようとする前にエドモンドは静かにその場を去っていった。

胸の奥で感情が揺れ動くリリアーナ。

――月が真上に昇る頃。

リリアーナはそっとベッドを抜け出した。ラニアもアグネッタも、規則正しい寝息を立てている。起こさぬように静かに、息を潜めて……。

リリアーナは部屋を抜け出し、中庭へと急いだ。階段には、月明かりに照らされてエドモンドが腰掛けていた。

「……ずっと、待っていたの?」

リリアーナが小さく尋ねる。

「そんなこと、ないよ」

エドモンドはそう答えたが、どこか無理をしているようだった。

リリアーナはそっと彼の手に触れた。

「……嘘。手、冷えてる」

顔を上げられず、声が震える。

「……リリアーナが、温かいんだよ、きっと」エドモンドの声は、穏やかだった。

「どうしても、行くの?」

リリアーナは微かな声で聞いた。

「ごめん。でも……待っていてほしい」

エドモンドはリリアーナを見つめた。

リリアーナは、ゆっくりと首を横に振った。

何も、聞きたくない、と言うように。

「……リリアーナ、好きだよ」

そう言って、エドモンドは彼女を抱き寄せようとした。けれどリリアーナは、顔を両手で覆ったまま、動かなかった。

二人の間に、深い沈黙が落ちる。

ただ月の光だけが、静かに世界を満たしていた。

エドモンドは静かに言った。

「必ず帰れると、約束はできない。……それでも、リリアーナが待っていると思えたら、きっと何だって越えられる気がするんだ」

そう言って、彼は強く拳を握りしめた。

……自分が我が儘だという自覚はある。それでも、どうしても、譲れないものがあった。エドモンドは月を見上げ、黙り込んだ。

しばらくの沈黙のあと、突然リリアーナがエドモンドに抱きついた。

「……ずっと、待っています。だから、必ず帰ってきてください」

その声は震えていた。エドモンドは何も言わず、そっと彼女を抱き締めた。

二人の間に、それ以上の言葉は必要なかった。月光だけが静かに二人を包み込み、世界はその瞬間だけ止まったかのようだった。

その光景を、少し離れた物陰から見つめている二つの影があった。アグネッタとラニアだ。二人は並んで腰を下ろし、頬杖をついたまま黙って眺めていた。

「若いわねえ」

アグネッタが小さく呟く。

「リリアーナを泣かしていいのは、僕だけなんだけどな」

ラニアもぼそりと呟いた。

二人とも、声をかけるタイミングを完全に失っていた。静かな夜の中、月明かりの下で寄り添う二人を、ただ黙って見守るしかなかった。

エドモンドは中隊を率い、北の領地を発った。

見送りには、オルフェウス、マルグリット、リリアーナ、そしてラニアが並んでいた。

「行ってきます」

エドモンドが短く告げる。

「ああ。身体には気をつけろ」

オルフェウスもまた、必要最小限の言葉で返した。

旅立ちの前に、余計な言葉は交わされない。

それが、もしかすれば死地へ向かう別れになるかもしれないと、誰もが理解していたからだ。

「ラニア、リリアーナを頼む」

エドモンドはラニアに視線を向けて言った。

「……言われなくても、僕はリリアーナを守るけど?」

ラニアはわずかに睨むように返す。その言葉に、エドモンドは少し寂しそうに笑った。

「リリアーナ、行ってくるよ」

「……はい。お気をつけて」

リリアーナはそれだけを口にするのが精一杯だった。喉の奥が詰まり、これ以上言葉を重ねれば、声が震えてしまいそうだった。

兵たちが次々と歩みを進めていく。

その列の中へ、エドモンドの背中もやがて紛れていった。

ラニアは、そっとリリアーナの隣に立った。

その存在に、リリアーナの警戒心はまだ完全には解けていない。けれど、ひとり、またひとりと大切な人が去っていく中で、ラニアの気配が、少しずつ、確かに彼女の心の中に入り込んでいくのだった。