作品タイトル不明
ラニアとセラフィーネ
……そんなことが、本当にできるの?
どういう意味なの?
リリアーナには理解が追いつかなかった。エドモンドも同様で、二人は言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
そのとき、帰りが遅いのを案じたアグネッタが、城から迎えに来た。
「リリアーナ、エドモンド、どうしたのよ?」
少し離れた場所から声をかけた瞬間、彼女の視線は自然ともう一人の人物に吸い寄せられた。
――誰?
紫がかった髪。どこかリリアーナに似た雰囲気。まさか……あれが、精霊の――?
アグネッタは無意識のうちに歩調を早めていた。
「リリアーナ、この子は?」
息を整えながら問いかける。
「……ラニアです」
リリアーナは、短く答えた。
すると、今度はラニアが首を傾げる。
「……リリアーナ、この人、誰?」
「私はリリアーナの調合の師匠よ」
アグネッタはきっぱりと言い切った。
「あなたには聞きたいことが山ほどあるわ。さあ、早く城に戻りましょう」
「しかし――」
エドモンドが言いかけたが、
「夜になったら冷えるでしょう。ここに留まる理由はないわ」
有無を言わせぬ口調だった。
その迫力に、エドモンドもリリアーナもそれ以上は何も言えなかった。
こうして三人――いや、四人は、複雑な思いを胸に抱えたまま、城へと向かうことになった。
ラニアがエドモンドたちとともに城へ戻ってきた――その知らせを受けて、オルフェウスは思わず息をのんだ。
もっと長い間、ラニアは泉の底で眠り続けるものだとばかり思っていたのだ。しかも、そこにはアグネッタの姿まであるという。
どう対応すべきか、即断はできなかった。オルフェウスは急ぎマルグリットを呼び、相談を持ちかけた。
「もう、どうしようもないでしょう」
マルグリットは静かに言った。
「堂々としていればいいのです。ラニアは、私たちの理解を超えた存在なのですから」
……そういうもの、なのか。
オルフェウスはなおも迷いを抱えたまま、ラニアにどう向き合うべきか答えを見いだせずにいた。しかし、マルグリットの落ち着いた表情を見て、悟る。
なるようにしか、ならない。
今はそれを受け入れるしかないのだ、と。
オルフェウスは努めて落ち着いた態度を保ったまま、ラニアの前に進み出た。
「久し振りだな、ラニア」
「まあ、そうかな」
軽く肩をすくめるように、ラニアは曖昧に答えた。
「どうして城に来たのだ」
オルフェウスの問いに、ラニアは少しも迷うことなく言い切った。
「だって、リリアーナがいるから。僕はリリアーナと一緒にいたいんだ」
あまりに当然のようなその口調に、オルフェウスは一瞬言葉を失い、それから慎重に言葉を選んだ。
「しかし、リリアーナはそうは思っていないのではないか?」
ラニアはその言葉に反応し、ゆっくりとリリアーナへ視線を向けた。
「……そうなの? 僕のこと、嫌いになったの?」
潤んだ瞳で問いかけるその姿は、誰が見ても守ってやりたくなるような、美しい少女そのものだった。十人いれば九人は、この表情に心を揺さぶられるだろう。
だが、リリアーナは胸の奥に溜まった不安を押し殺し、勇気を振り絞って口を開いた。
「……今は、ラニアが怖いの」
「なんで? どうして?」
ラニアには本気で理解できない、という顔だった。リリアーナの恐怖も、戸惑いも、彼には見えていない。
オルフェウスは思わずこめかみに手を当てた。
――これは……根本的に、話が通じない相手なのではないか。
そう思わずにはいられなかった。
突然、前触れもなく扉が開いた。
「ラニアがいるって、本当なの?」
現れたのはセラフィーネだった。
室内に足を踏み入れた瞬間、彼女は紫色の髪の少女の姿を目にし、その金色の瞳がラディンと同じ色であることに気づいて、すぐに悟った。
――あれが、ラニアね。
セラフィーネは誰の許可も求めることなく部屋に入り、腕を組んでラニアの前に立った。
「ラディンに、何をしたのよ」
ラニアは面倒くさそうに視線を向ける。
「別に」
短くそう答えたラニアに、セラフィーネは一歩も引かなかった。
「正直に言いなさい。何をしたの」
「知りたいの?」
ラニアはどこか楽しそうに、口元を歪めた。
「ラディン、辛そうにしてるのよ。明らかに異常よ」
セラフィーネの表情は険しく、声には怒りが滲んでいた。一方でラニアは、なおもニヤニヤと笑っている。
「へえ。そうなるんだ。僕からリリアーナを取り上げたんだから、それくらいは……」
その言葉を最後まで言わせなかった。
セラフィーネは一瞬で距離を詰め、ラニアの髪を力いっぱい掴んだ。
「何をしたのか、言いなさい」
低く、腹の底から響く声だった。
その場にいた誰もが、背筋を凍らせるほどの迫力だった。