軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラニアの告白

ラニアは、夕食の席でふと箸を止めた。

「……あの子の気配を感じるようになったんだ」

静かな声だったが、その響きには確かな確信があった。オルフェウスもマルグリットも顔を上げる。

「ずっと探っていたけれど、やっぱりあの子だと思うんだ。……ぼく、会いに行きたい」

リリアーナが不思議そうに首を傾げた。

「“あの子”って、誰のこと?」

ラニアは真っ直ぐに彼女を見て答えた。

「エドモンドの姉だよ。……オルフェウス、マルグリット、行ってもいい?」

食卓に一瞬、息を呑むような沈黙が走った。

エドモンドが、低く、かすれた声で問う。

「……姉は、生きているのか?」

ラニアは小さく頷いた。

「多分、生きてる。今までわからなかったけど、今ははっきり感じるんだ」

オルフェウスが、慎重に言葉を選ぶように口を開く。

「……ここから、遠いのか?」

ラニアは少し考えてから答えた。

「前に、あの子と離れた街を覚えてる? あそこより、もう少し王都よりのところだと思うんだ」

「そうか……そこなら、馬車を使えばそう遠くはないな」オルフェウスは呟く。

だが、マルグリットはスプーンを置き、震える声で言った。

「待って……少し、考えさせて」

オルフェウスも静かに頷いた。

「……そうだな。ラニア、明日、答えさせてくれないか」

ラニアは黙って頷き、炎の揺れる灯の中で、再び静寂が降りた。

リリアーナは、まだ興奮の冷めないラニアの手を取り、「さあ、もう遅いわ。今日はゆっくり休みましょう」と穏やかに微笑んだ。ラニアは名残惜しそうにうなずき、二人は並んで食堂を後にした。

扉が閉まり、残された三人の間に静寂が落ちる。ランプの炎が小さく揺れ、壁に映る影が長く伸びていた。オルフェウスは、しばらく黙したまま、低く呟いた。

「……あの子――イレーネは、いなかったこととして生きてきたんだ。今になって、どうするのだ……」

エドモンドは父を見つめ、口を開いた。

「しかし、もし生きているのなら……たとえ親と名乗れなくても、一目だけでも見る価値はあるのではありませんか」

マルグリットは、その言葉にゆっくりと顔を上げた。光のない瞳が、エドモンドをまっすぐに射抜く。

「あなたは、私たちの立場ではないから、そんなことが言えるのです」

その冷たい響きに、エドモンドは息を呑んだ。だが、しばらく沈黙ののち、静かに言葉を継ぐ。

「……では、俺が確かめて来ます。生きているのなら、やはり一目会ってみたい」

マルグリットは小さく首を振った。

「……会って、どうするの?」

エドモンドは視線を落とし、言葉を探すように答える。

「……ただ、会うだけです。名乗りは、しません。もし、俺が弟だと気づくのなら話は別ですが………」

オルフェウスが静かに口を開く。

「ラニアは……止めても行きそうだな。もし行くのなら、リリアーナも一緒が良いだろう。ラニアはあの子を信じている。馬車を使え。無事を確認したら、何もせず速やかに帰って来るのだぞ」

しばしの沈黙の後、彼は遠くを見るように言葉を足した。

「……出来たら、偶然を装って会えれば良いのだが」

マルグリットは、かぶりを振る。

「でも、そんなこと……出来るわけないわ。行かない方がいいわ。」

オルフェウスは静かに言った。

「そうも、いかないだろう。おそらく、行くだけでラニアは納得するだろう。反対して、ラニアが一人で飛び出してみろ。それこそ、どうなることか……。俺たちは――動けない。……エドモンド、慎重に行くのだぞ」

エドモンドは、深くうなずいた。

ランプの灯が淡く揺れ、三人の胸に、それぞれ異なる決意と痛みを映していた。

翌朝。柔らかな朝の光が差し込む食堂で、オルフェウスはラニアの前に腰を下ろした。

「ラニア、話がある。――今回の旅は、エドモンドとリリアーナが一緒に行くことになる。それでもいいか?」

ラニアはパンをかじりながら、あっさりと答えた。

「ぼくは、だれでもいいよ。でも、リリーが一緒なのは嬉しいかな」

その声には迷いがなかった。もう、ラニアの心はイレーネのことでいっぱいで、他のことはほとんど耳に入っていないようだった。

支度は簡素だった。馬車の用意、少しの着替え、そして路銀。

出発前、リリアーナはふと包みを取り出し、エドモンドに見せた。

「ねえ、これ……どうしよう?」

掌の上には、透明の三つの玉が乗っていた。

それは、ラディンがセラフィーネの島へ渡る前に、リリアーナへと託したものだ。

――“万が一の時に使えるように、魔力を込めておいたら?”――

そう言って彼は、玉を三つ渡してきた。

“島には、すべてを持っていく必要はないだろう”

エドモンドは少し考えてから答えた。

「……一応、持っていったら? 使うことなんて、まずないだろうけど」

リリアーナはうなずき、玉をそっと布に包んだ。

……使う事なんて、無ければいいのに、と思いつつ。