軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

灰色の瞳の女の子、その後

呪われている――そう告げられた少女は、不思議な模様の刻まれた扉をくぐらされた。

部屋の中は薄暗く、差し込む光の向こうに立つ人物の顔は影に隠れて見えなかった。

「お前は、“愛し子”ではないのか?」

低く厳かな声が響く。

少女はその声の主が細身の若い男だと気づく。

「“愛し子”――鑑定の儀では、そう言われました」

震える声で答えると、男は一歩近づき、鋭く問うた。

「ならば、なぜ人が死ぬ?」

少女は唇を噛みしめ、必死に首を振る。

「わかりません……本当に、知らないのです」

その時、柱の陰からもう一人の人物が現れ、若い男の耳元に何かを囁いた。

「……決まったことなのか?」

男は小さく問い返すが、返事は少女には聞こえなかった。

「性急な……」

男は低く呟くと、扉が再び開かれた。

数人の兵士が現れ、少女を乱暴に捕らえる。

「こっちだ」

強く腕を引かれ、暗い廊下の奥へ。

石の階段を下り、重い扉が開かれると、そこには暖炉の火がぼんやりと揺れていた。

だが、室内には鉄と血のにおいが満ち、壁には鎖と錆びた金具が打ちつけられていた。

「“悪しきもの”を祓う儀式だ」

兵士が吐き捨てるように言う。

少女の顔から血の気が引いた。

抵抗する間もなく押さえつけられ、背をあらわにされる。

熱く焼けた鉄の匂いが漂い、次の瞬間、背中に焼きごてが押しつけられた。

少女は気がつかなかったが、それはあの模様をしていた。

「いやぁぁぁぁっ――!」

焼けつく痛みと共に少女は悲鳴を上げた。

しかし、助けに来る者は誰もいなかった。

やがて意識を失った少女は、ろくな手当ても受けぬまま、冷たい地下牢へと運び込まれた。

若い男は、重い足取りで廊下を進んだ。

先ほどまでの光景が、頭から離れない。

焦げつくような悲鳴、鉄の匂い、焼けた皮膚の臭気――。

彼は、話し合いの場へと急いだ。

厳かな扉を押し開けると、室内には数人の年配者が集まっていた。

皆、沈痛な面持ちで卓を囲んでいる。

「どうして、決めたのですか」

若い男は声を震わせた。

「まだ、少女が原因と決まったわけではないでしょう」

一人の年配者が、深く息を吐き、静かに言った。

「次に死人が出たらどうする。――“確認中でした”じゃ済まんのだ」

「焼き印は、魔を封じる模様だ。最低の措置なんじゃよ」

更に別の者が続ける。

「“愛し子”なら精霊が助けるはずだ。だが助けはなかった。ならば、少女は紛い物だ」

若い男は言葉を失った。唇を噛み、拳を握りしめる。

「殺した方が良かったか?」

誰かが、半ば投げやりに呟く。

「いや、殺したから疫病が出た、などと言われてみろ」

「親元には、今さら返せないしな」

「……どうする?」

年配者たちの声は重く、やがて沈黙に包まれた。

結論は出ないまま、会議は終わった。

――その後、少女は冷たい牢の中にいた。

狭く湿った石の部屋。小さな明かりがひとつ、壁際で揺れている。

食事は一日二度。薄いスープと固いパンだけ。

それが、彼女のすべてだった。

焼けた背の痛みが消えることはなく、夜になれば熱が上がる。

けれども、誰も気に留める者はいなかった。

少女はただ、暗闇の中で小さく息をしていた。

どれほどの時が経ったのだろう――。

一ヶ月か、二ヶ月か。

少女にはもう、数えることすらできなかった。

牢の中では昼も夜も同じように暗く、ただ、遠くで滴る水の音だけが時間を刻んでいた。

その日、鉄の扉が軋む音がした。

足音。

灯りが差し込む。

「……住む場所が決まった」

聞き覚えのある声だった。

若い男が牢の鍵を開け、静かに言った。

少女は、のろのろと顔を上げた。

その瞳はかつての輝きを失い、頬はこけ、髪は乱れていた。

まるで、別人のようだった。

「……ついてこい」

男の言葉に、少女はゆっくりと立ち上がる。

足元はふらつき、鎖の跡が微かに手首に残っていた。

階段を上がり、重い扉をくぐると、眩しい光が差し込んだ。

少女は思わず目を細める。

久しぶりに見る太陽。

その温もりが、痛いほどに感じられた。

外に出ると、兵士たちに井戸の水を汲まれ、何度も身体を洗わされた。

汚れた布は剥ぎ取られ、代わりに町民のような粗末だが清潔な服が与えられた。

やがて、少女は若い男と共に馬車へ乗せられた。

馬車は揺れ続ける。

窓の外の風景が次々と流れ去っていく。

やがて男が口を開いた。

「これから行くところは、俺の祖母の家だ」

彼は少し間を置いて、続けた。

「……ただ、人使いが荒くてな。使用人はすぐに辞めていってしまう。それでも、お前を受け入れてくれるのは、彼女しかいなかった」

少女は何も言わなかった。

視線は膝の上に落ち、指先が小さく震えていた。

言葉は、まだ胸の奥で凍ったままだった。

馬車が止まったのは、村外れの古い小さな屋敷の前だった。

高い塀に囲まれ、庭の木々は荒れ放題で、窓は煤けていた。

少女が足を踏み入れると、すぐに一人の老女が現れた。

男の言っていた“祖母”――その人だった。

白髪をきつく結い、背筋を伸ばしたその姿は、年齢を感じさせぬほど鋭い気配を放っていた。

祖母は少女を一瞥すると、低く、はっきりとした声で言った。

「説明は一回しかしないよ。返事は“はい”だ。それ以外は聞かないよ」

少女は思わずうなずいた。

祖母は次に男へと視線を移す。

「約束の金、頼んだよ」

それだけを告げると、もう少女に背を向け、手早く仕事の指示を出し始めた。

――その日から、少女の新しい生活が始まった。

朝は夜明けと共に起こされる。

井戸まで水を汲みに行き、冷たい手で桶を抱えて戻る。

朝食を作り、片づけをし、洗濯をして、床を磨き、窓を拭く。

昼には庭の草むしり、夕方までに家具の修理や様々な道具の手入れ。

手は荒れ、爪は欠け、体は常に痛んだ。

慣れない作業に失敗すれば、すぐに鞭が飛んだ。

「怠けるな!」

乾いた音が響く。

足にも、手にも、赤い線が走り、皮膚が裂け、血が滲んだ。

けれど、少女は声を上げなかった。

――それでも。

一日二度の食事だけは、必ず与えられた。

温かい、具沢山のスープと、少し固いパン。

それだけでも、少女には十分だった。

それと、読み書き簡単な計算だけは、教えてくれた。

「騙されたら、困るからね」と言いながらも。

温もりを感じられるものが、ようやく自分の前にある……それがどれほどの救いだったか、言葉にはできなかった。

少女は、寡黙だった。

けれど、命じられたことは一つも疎かにせず、黙々とこなした。

祖母の屋敷での日々は、決して楽ではなかったが、少女は逃げることなく受け入れていた。

やがて月日は流れ、少女は大人になった。

動きは無駄がなく、表情には落ち着きが宿った。

祖母にとって、彼女はいつしか手足のような存在となっていた。

買い物を任され、村へ行くのも、もう当たり前のことになっていた。

その日、村は祭りだった。

街道には灯が並び、屋台の匂いが風に乗って流れてくる。

人々の笑い声が絶えず響き、太鼓の音が胸を震わせた。

「たまには、遊んでおいで」

珍しく、祖母は小さな袋を差し出した。

中には、幾つか食べ物が買える程度のお金。

彼女は驚き、そして、わずかに微笑んだ。

その笑みは、幼い頃の面影をほんの少しだけ取り戻していた。

夜店の明かり、飴菓子の甘い匂い、子どもたちのはしゃぐ声。

彼女はその中を歩きながら、久しぶりに胸の奥が温かくなるのを感じていた。

――その時。

「火事だ!」

誰かの叫び声が響いた。

振り返ると、遠くの空が赤く染まっている。

胸の奥がざわめいた。

あの方向は――。

彼女は走り出した。

足が勝手に動いた。

家の方角から、炎が立ち上っていた。

煙が、激しい。

「まだ、婆さんが家にいる!」

誰かの声が聞こえた。

群がる人々の中に、祖母の姿はなかった。

「奥様――!」

彼女は炎の中へ駆け込んだ。

屋敷の中は、すでに赤い地獄のようだった。

崩れ落ちそうな梁、焦げた木の匂い、息をするたびに喉が焼ける。

奥の部屋に、祖母はいた。

床に倒れ、身動きが取れずにいた。

「逃げましょう!」

彼女は祖母の腕を取り、必死に引き上げた。

熱で目が霞み、息が苦しい。

それでも、出口はもうすぐだった。

「あと少し……!」

だが――

轟音が響き、天井が崩れ落ちた。

炎がすべてを飲み込み、彼女の叫びが炎の音にかき消された。

彼女は、祖母を庇うようにして倒れていた。

崩れ落ちる梁の下、燃えさかる炎の中で、誰かの手が二人を引きずり出した。

その時、彼女の背中には、焼け爛れるほどの火傷が残った。

その後のことを、彼女は覚えていない。

熱と痛みに意識を失い、長い眠りの中を彷徨っていた。

――目を覚ましたのは、何日も経ってからだった。

薄暗い部屋の中、薬草の匂いが漂う。

背中には焼けるような痛みが走り、身体はほとんど動かなかった。

その枕元で、祖母が座っていた。

包帯の巻かれた腕を膝に乗せ、静かに彼女を見つめていた。

彼女の頬にも火傷の跡が残っている。

しばらくの沈黙の後、祖母は低く呟いた。

「……何で、わたしなんかを助けたんだ」

その声には怒りも嘆きもなく、ただ、深い戸惑いと哀しみが滲んでいた。

少女は唇を動かそうとしたが、声は出なかった。

喉が乾ききり、息をするだけで痛い。

それでも、彼女の目はまっすぐ祖母を見ていた。

祖母はその視線から目を逸らし、かすかにため息をついた。