軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お茶会の決定

「フローラ・フラワー男爵令嬢、トスカナ公爵家の侍女になったらしい」

夕食の席で、ローレル様が抑揚のない声で告げた。

何かを考え込んでいるような表情だった。

「え?」

思わず声が漏れる。

驚いてしまったからだ。

以前受け取った資料では、フローラ嬢は私の一つ下、十七歳。

現在は魔法学園に通っているはずだった。

私が在学していた頃にはいなかった。

学年が違ったとしても、フローラ嬢の髪の色はとても目立つ。

いくら周りを見る目がない私でも気づいていたはずだ。

噂にも疎いけど、あの髪色は一度見たら忘れられない。

彼女の母が亡くなったのは半年前。そこから男爵家に引き取られたと書かれていた。

つまり、本来であれば――。

今年、学年を二つ落として入学しているはずだ。

しかも、それまで平民として暮らしていたため、当初は読み書きすらできなかったという。

そこから猛勉強して魔法学園に入学。

(それだけでも、相当すごいと思うけど……)

けれど、マナーや常識の面では苦労したはずだ。

私も体験している。

勉強よりもマナー習得の方が大変だった。

生まれた時から子爵家で育てられなかったら、礼儀作法は習得出来なかった。

幼い時から、習っていたから現在の私があると言っても過言ではない。

そうでなかったら、まともな礼儀作法を習得するのは難しい。

付け焼き刃では、お話にならない。

いくら見栄えが良くても、礼儀作法を知らなければ貴族社会では生きていけない。

貴族社会は、そんなに甘いものではないのだから。

きっと貴族が多く在籍している魔法学園では、勉強と魔法が出来たとしても、かなり厳しい。

魔法学園に入学する平民はその辺りは完璧に弁えている。

だから、問題にはならない。

フローラ・フラワー男爵令嬢は半年前まで平民だった。

その段階で十六歳のはず。

十五歳から魔法学園に入学出来ることはベイリーフ王国の国民だったら誰でも知っていることだ。

だから、フローラ・フラワー男爵令嬢は魔法学園に入学するつもりはなかったのだろう。

だったら、その手の教育は間違いなく受けていない。

例え男爵令嬢として魔法学園に入学しても、馴染むことは出来なかったのだろう、と簡単に想像できてしまう。

しかも同級生は基本二つも年下である。

同級生も年上のクラスメイトにどう接して良いか分からなかったはずだし。

あの虹色の髪も原因かもしれない。

奇抜だから、仲良くなりたいとは普通は思わないよね。

貴族も平民も保守的な人が魔法学園には多い気がする。

シトラールお兄様やマレイン様のように目的があり、学年を落として魔法学園に入学する例もあるけど。

フローラ・フラワー男爵令嬢は、そうではない。

少し同情してしまうのを止められない。

だけど、気持ちを切り替えなければ。

私は俯いていた顔を上げた。

どうして、フローラ・フラワー男爵令嬢がトスカナ公爵にいるのか確認しておかなくてはいけない。

「魔法学園を退学なさったのですか?」

私は首を傾げて尋ねる。

休学という選択肢もあったはずだ。

自宅で礼儀作法や学問を整えることもできただろうに。

それに、学費も安くはない。

かなり高額である。

(ひと月で辞めるなんて、もったいない……)

貧乏子爵家出身の感覚が、どうしても顔を出す。

魔法学園の卒業は、貴族にとって重要なステータスだ。

途中退学ともなれば、体面にも関わる。

本人にも、フラワー男爵家にも。

「らしいよ。成績もあまり良くなかったみたいだしね。座学も実技も」

ローレル様は淡々と答えた。

私はますます首を傾げる。

(……でも)

フローラ嬢の姿が脳裏に浮かぶ。

虹色の髪。

金色の瞳。

あれが、ただの“成績が振るわない令嬢”の特徴とは思えない。

(むしろ、逆じゃない?)

あの髪色から魔力の性質が強く表れていりようにも見える。

座学はともかく、実技は優秀そうなのに。

昔、シトラールお兄様と話したことがある。

髪や瞳の色は、魔力特性と関係しているのではないか、と。

バウム家は黒系統の色が多く、隠密系の魔法に適性がある。

そして、魔力量が多いほど色は薄くなる――というのが一般的な認識だ。

シトラールお兄様は、「魔力が髪や瞳の色を消費している可能性があるのではないか」と仮説を立てていた。

それを聞いた時に、ストンと腑に落ちた気がした。

バウム子爵家で私だけが瞳と髪の色が濃く、魔力量が極端に少ないから。

(だとしたら……)

虹色の髪なんて、どう説明すればいいのだろう。

単一ではなく、複数の特性を持っている可能性もある。

(もしそうなら、かなり危険な存在じゃない?)

そんな考えが、ふと頭をよぎる。

「フローラ嬢はフラワー男爵家から除籍されてしまったのでしょうか?」

素朴な疑問が私の脳裏に浮かんだ。

フラワー男爵家にとっては手のかかるお荷物だと認識されている可能性が高い。

なにしろ、魔法学園を途中退学しているのだ。

しかも入学して間もない頃に、である。

「いや、除籍はされていないみたいだよ。そうでなければトスカナ公爵家では働けない」

ローレル様の言葉に私は納得する。

トスカナ公爵家はこの国の筆頭公爵家である。

貴族籍がなかったら、十七歳のフローラ嬢は公爵家で働くことも出来ない。

これはフラワー男爵家の苦肉の策なのかもしれない。

フローラ嬢を正式に引き取った手前、簡単に放り出すことも出来ない。

そして、フラワー男爵家はトスカナ公爵家の分家のそのまた分家にあたるはず。

遠い親戚なのだ。

トスカナ公爵家も無碍にはできなかったのだろう。

「ローズマリー様は大丈夫なのでしょうか」

私はぽつりと呟いた。

トスカナ公爵家に仕えるのなら、フローラ嬢はローズマリー様の身近に置かれる可能性が高い。

同年代の令嬢であれば、話し相手としても適している。

――だからこそ、気になる。

あの夜会で見た、痩せ細った姿が脳裏から離れない。

「トスカナ嬢が心配?」

ローレル様が少し困ったように笑う。

私は躊躇いながらも、頷いた。

「だったら、お茶会を開いたら?」

「え?」

思わず聞き返す。

「王太子妃になってから、まだ一度も主催していないだろう?」

さらりと言われて、言葉に詰まる。

……その通りである。

というより。

(私、お茶会開いたことないんだけど……)

そもそも、今までお茶会に参加したことすらほとんどなかった。

当時は、いずれ平民になるつもりだったから。

貴族の社交に深入りする意味がなかったのだ。

下手に目立っても困るし。

「パトーキ侯爵令嬢に手伝ってもらえばいい。イーズ侯爵家のヴィオレ嬢も呼べば、安心できるだろう?」

ローレル様は、私の内心を読んだかのように言った。

本当に全てお見通しである。

(アンジェリカとヴィオレ様……)

それなら、確かに心強い。

むしろ、その二人がいれば何とかなる気がする。

(……いや、何とかしてもらう気しかしないけど)

少しだけ気が楽になる。

そして同時に。

(ローズマリー様とも、ちゃんと話せるかもしれない)

そんな期待も芽生えた。

こうして――。

私主催の、初めてのお茶会が決まったのだった。