作品タイトル不明
王太子妃の自覚
翌朝。
ローレル様と朝食をとっていたときだった。
「昨日は大変だったみたいだね」
くすりと笑いながらローレル様に尋ねられ、私は肩をすくめる。
多分、ローレル様には私の行動は全て報告されているんだな、と思う。
王太子妃が変な言動をしてはならないから、当然かもしれない。
ローレル様に報告されることに嫌悪はない。
ダメなところは、ダメだとちゃんと言って欲しい。
言われないと分からないし。
まだまだ王族のルールがわかってない。
王太子妃になった直後の今のうちにいろいろ知っておきたいのは本音だった。
何も出来ないお飾りの王太子妃にはなりたくない。
もともと私は大人しくしている性分ではないのだ。
「ドレスを生地から選ばなくてはならなくて……初めての体験でした」
正直に答える。
本当に、未知の領域だった。
長時間拘束されるうえに、生地やレースの微妙な違いなど、私にはまったく分からないことだらけ。
王妃様やお母様に至っては、生地を一目見ただけで産地まで言い当てていた。
(すごいなぁ……)
感心するしかない。
どうやらこれは、今後他国と関わるうえで必要な知識らしい。
大切なのは理解できる。けれど――
(私に見分けられるようになるのかな……)
あと一、二年ほどは本格的な外交に関わらなくても良いらしいけれど、それでも不安は残る。
二年では生地の違いを見分け、その上、産地まで把握することは私には難しいと思う。
昨日も何が違うの?
どこが違うの?
私なりに、必死に見分ける努力をしようとはしたけど。
結局、何も分からなかった。
今まで携わらなかった分野だからなぁ。
基礎の基礎さえ分かってないのだ。
これは致命的である。
興味のないことを覚えるのは苦手なんだよね。
興味があることはどんどん覚えていくのは得意なのに。
これは人間の性だと思う。
(……そもそも)
ふと、思考が別の方向へと逸れた。
(私、王妃教育……受けてないよね?)
婚約をすっ飛ばして結婚した時点でおかしいとは思っていた。
けれど、改めて考えると問題しかない。
(これって……大丈夫なの?)
胸の奥に、不安がじわじわと広がっていく。
私は今、王太子妃だ。
つまり、いずれは王妃になる立場。
私が王妃?
――想像がつかない。
考えれば考えるほど気が重くなり、せっかくの朝食も味が分からなくなっていく。
サラダを食べていた手が止まっていた。
そんな私を見て、ローレル様が笑っている。
まるで微笑ましいと思っているかのようだ。
「……笑い事ではないのですが」
思わずむくれる。
本当に笑い事ではない。
けれど、ローレル様は幼い頃から王族として、この立場にいる。
きっと、私には想像もつかないほどの努力を積み重ねてきたのだろう。
それを口にすることも、表に出すこともなく。
(それが、王族……)
胸が少し締めつけられる。
「メリッサは、今までどおりでいいんだよ」
私の思考を見透かしたかのように、ローレル様が穏やかに言った。
本当に、この人には敵わない。
「……私は、少しでもローレル様のお力になれているのでしょうか?」
思わず本音が漏れる。
自分でも分かっている。
今の私は、支えられてばかりだ。
そんな私だけどローレル様の力になりたい。
支えになりたいと強く思ってしまった。
どうして私が選ばれたのか――いまだに分からない。
自然と、ある人物の姿が脳裏に浮かぶ。
ローズマリー・トスカナ公爵令嬢。
彼女ほど王太子妃に相応しい人はいない。
今でも、そう思っている。
能力も、立場も、覚悟も。
彼女は他の令嬢たちとは違った。
ちゃんとこの国の未来をみていたのだ。
私とは違う。
何より――ローレル様を心から慕っていた。
あの夜会で見た彼女は、ひどく痩せていた。
以前の輝きが、明らかに失われていた。
ひと目でわかるくらいだった 。
私は何一つとして、ローズマリー様の足元にも及ばないのに。
王太子に選ばれてしまった。
(本当に……私で良かったの?)
その疑問が、どうしても消えない。
「私は、メリッサほど王太子妃に向いている女性はいないと信じている」
落ち込む私に、ローレル様は当然のように言った。
確信を持っているかのような言い方だった。
「それに――私には、メリッサでなければならなかった」
静かに、けれど迷いなく続ける。
私は顔を上げた。
真っ直ぐに向けられる、真剣な眼差し。
言葉が何も出てこない。
「他の令嬢では駄目だった。私にはメリッサだけだ」
はっきりと言い切られる。
私は息を呑んだ。
――本心だ。
誤魔化しも、建前もない。
ただまっすぐな言葉。
これがローレル殿下の本心なのだ。
(どうして……そこまで)
分からない。
魔法学園で同じクラスだったとはいえ、ほとんど接点はなかった。
私には特別な才能があるわけでもない。
一体、私の何処を見てローレル様は私を妃として求められたのだろうか?
ローレル様は王太子だ。
自分の意思だけが、まかり通るわけでは絶対にない。
国王陛下、王妃様、それに国の重鎮たちも納得しているように見えた。
なぜ、私が王太子妃に選ばれたのか。
選定基準はなんだったのか。
そもそも、王太子妃に一番必要な大事なものはなんなんだろう。
内面なのだろうか、外見なのだろうか、それとも優秀であることなのだろうか。
ちなみに、私は少なくともその3つには該当していない。
魔力量もたいしたことないし。
魔法さえも、そこでうまく使えない。
私のよいところが自分では一つも浮かばないんだけど。
気がついてないだけで、私が王太子妃に相応しい何かを持っているのかもしれない。
自分では全く分からないけど。
と、考えて、すぐにそれを否定した。
そんなものは、絶対にない。
本当に理由が全く分からない。
私が王太子妃になるメリットはない。
意図が見えないから恐怖でもある。
だけどローレル様や国の意図は必ず、あるはず。
ただの“モブ令嬢”だったはずなのに。
それでも――。
(この期待は、裏切れない)
胸の奥で、静かに決意が固まる。
立派な王太子妃にならなければならない。
選ばれた意味を、ちゃんと証明したい。
私にできることは、きっとある。
「まずは、それを見つけなくては……」
小さく呟くと、
「メリッサは、メリッサらしくしていてくれれば、それだけでいい」
ローレル様が柔らかく言った。
「え?」
思わず聞き返す。
「……まあ、今は結婚式のドレス選びが最優先かな」
からかうような口調でローレル様が言う。
さらりと現実に引き戻された。
(……そうだった)
まだやることは山ほどある。
思わず頭を抱えそうになった。
デザインは決まったけれど、生地もレースも装飾もこれからだ。
考えただけで、遠い目になりそうになる。
それでも。
「……頑張ります」
私は小さく息を吐きながら、そう答えた。
まずは、目の前のことから。
そう自分に言い聞かせるのだった。