作品タイトル不明
結婚式の準備
お披露目夜会の翌々日。
「まずはデザインね!」
王妃様が張り切って宣言した。
ちなみに、ここは王太子宮殿の私用の応接室である。
今日は私の母ソレイユと、姉のリモネンも一緒だ。
夜会には顔を出さなかったくせに。
でも、結婚して初めてお母様とお姉様に会えて嬉しいのも事実。
私のいきなりの結婚については、おめでとう、の一言だけだった。
リモネンお姉様まで。
えー。
もっと何かないの?
まぁ、これがバウム子爵家らしいと言えばらしいけど。
私の結婚のことなんかより、お母様とお姉様も顔を輝かせながら、ウエディングドレスのデザイン画に夢中である。
ウエディングドレスを作成してくれるのは、今、王都で一番人気のあるお店らしい。
ローレル様が用意してくれていた私用のドレスのほとんどが、このお店で作られたものらしい。
……人気店のドレスなんて、一着作るだけでもかなりの値段がするのでは?
ドレスをまともに買ったことがないから、よくわからないけど。
その王都で人気の
店のメインデザイナーが三人、その助手が十人。
大掛かりである。
たくさんのデザイン画の隣には、分厚い布とレースのサンプルが何十冊も置いてあった。
大きな図鑑レベルのサンプル集である。
この中から選ぶの?
気が遠くなりそうなんですが。
「ブーケはバウム領特産である青薔薇を使用するよう、言付かっております」
デザイナーの一人が満面の笑みで言った。
その青薔薇の件を言付けたのはローレル様ですよね。
はい、分かっています。
「デザインもローレル殿下がここまで絞って下さったのです。妃殿下に何がお似合いか、よくご存知なんですねぇ」
デザイナーは羨ましそうに微笑んでいる。
愛されていますねぇ、と続いたけれど、聞こえないふりをした。
と、言うより。
これ以上に、ウエディングドレスのデザイン案があったの?
驚きすぎて言葉も出ない。
というか、ローレル様は公務で忙しいはずなのに、いつデザインの選別なんてしていたのだろう。
不思議である。
私の普段着のドレスや夜会用のドレスも、すべてローレル様が選んでくれていたらしいし。
私の好みな上に、ちゃんと私に似合うものばかりである。
いつの間に私の好みを把握なさっていたのだろうか。
怖くて聞けないけど。
実際、とても助かってはいる。
今までドレスを選ぶ時なんて、着られれば良いと思っていたし、その上で目立たなければなお良し、としか思っていなかった。
子どもの頃は姉のお下がりばかりだったから、自分で選ばなくてよかったし。
姉は趣味も良いので、本当に楽をさせてもらっていた。
母と祖母は、姉のお下がりなのが可哀想だと言って、少しでも私に似合うようにとリメイクまでしてくれていた。
本当に至れり尽くせりだったと思う。
だって苦手だもん。
お洒落って。
ドレスを選ぶのは凄く面倒くさいし。
よく分からないし。
そんなことに時間を取られたくなかったのも事実だ。
魔法改良をしたり、小説を書いたりする方が私は楽しかったし。
それにしても、ローレル様は仕事が早すぎる。
どこまで未来を見通しているのだろうか。一度聞いてみたい。
だけど、正直に言えば、もう少しデザインの数を減らしてほしかったな……。
ローレル様に無駄な仕事をさせてしまった実感はあるけれど。
でも、ローレル様のセンスが良いのだ。
私は今までドレスは機能性重視で選んでいたからなあ。
もし買うにしても既製品ばかりだった。
今まで私は、お洒落とは正反対の場所にいたのだ。
ウエディングドレスなんて、既製品を少し手直しすれば良くない?
考えてみて?
多分、人生で一度しか着ないドレスだよ?
オートクチュールなんてもったいないと思う。
前世ではレンタルが主流だったし。
そのレンタル代でさえ値段が高いとおもっていたくらいだ。
でも、今世で私はなぜか王太子妃なのである。
そんなわけにいかないのが現実だ。
結婚式までは二か月と少し。
王太子妃のウエディングドレスを作るにはかなり急ぎの制作になるはずである。
現場のお針子の方々も、タイトなスケジュールで仕事をしなければならないわけで。
二か月で本当に王太子妃のウエディングドレスが作れるのかな。
刺繍や、レース編みは得意だけど、洋裁はさっぱりなのである。
あれ、型紙を作るところから始まるんだよね?
大変そう。
私には全く想像ができない。
でも、時間がないことだけは分かる。
これ以上、時間を押すわけにはいかない。
王妃様とお母様、そしてお姉様がキラキラした目でこちらを見ているし。
この国で絶対にトップ5には入るであろう美女三人と、モブ顔の私でウエディングドレスを選ぶなんて、何かの罰ゲームのようだ。
純粋に手伝ってくださっているのは分かっているけれど。
超美人に囲まれてウエディングドレスを選ぶだなんて、なんだか滑稽でさえある。
何度も言うけど、手伝ってくださるのは本当に嬉しいのだけど。
それでも、なんだかもやもやしてしまう。
私は頭を振り、今に集中しなくてはと気合いを入れ直した。
とにかく、まずデザインを決めていかなくては、何も始まらないのだから。
たくさんあるデザインの中から、一枚のデザイン画を手に取る。
シンプルだけど、存在感がある。
「これ、かな?」
私は首を傾げながら言った。
なんとなく、これが良い気がする。
「まあまあまあ」
王妃様が感嘆の声を上げた。
え?
駄目だった?
光沢のある純白。
それにドレスの胸元と裾、そして長いベールに薄い金色の刺繍が入っている。
薔薇をモチーフにした刺繍のデザイン。
なんとなく、これが一番しっくりきたのだ。
派手すぎず、地味すぎず。
レースもふんだんに使われていて、可愛らしいデザインだった。
「それが一番良いと思ってたのよ!」
「うんうん、メリッサに一番似合う!」
お母様とお姉様も同意する。
良かった。
間違えてはいないようだ。
安堵しながら、私はもう一度、決定したウエディングドレスのデザインを見つめる。
これ本当に、私に似合うのだろうか、という疑問は少し残る。
でも、これならドレスに着せられている感じにはならないだろう。
「これ、ローレル様にもお伝えしてもらってよいでしょうか?」
私はデザイナーに、気恥ずかしくなりながらも何とか言った。
ローレル様のご意見もほしい。
「まあ、そんなに気を使わなくても良いのよ? メリッサちゃんの選んだものなら、なんだって
満足するだけなんだから、ローレルは」
王妃様がころころと笑う。
「ローレル殿下とうまくいっているのね。良かったわ」
「いきなりローレル殿下と結婚したなんて聞いた時は、本当に驚いたのよ」
運ばれてきたお茶を四人で飲み、一息つく。
デザインを決めるだけで一苦労である。
軽く寿命が一年は縮んだと思う。
「次は生地とレースね。刺繍の意匠も決めなくてはね。あとは装飾品もだし。選ぶことはいっぱいよ!」
王妃様がテンション高めではしゃいでいる。
超絶お綺麗な外見なのに、可愛らしい。
きっと身内にしか見せない表情なのだろうと伝わってくる。
王妃様だけではなく、国王陛下も初めて会った時から気さくに、その上友好的に私と接してくださる。
義理の両親に嫌われてはいないことに安堵する。
母と王妃様は楽しそうに会話しているし、本当に昔からの友人のようだ。
国王陛下は父のことを側近に入れたかったとおっしゃるほど気に入っていたらしい。
そこまで有能なの、あのお父様が?
シトラールお兄様も優秀だから、事実なのかもしれないと最近は思えるようになった。
実際に父が有能なところを見たことがないけど。
私の両親と親交があり、その二人の娘だから、国王陛下と王妃様は私を受け入れてくださったのかもしれない。
このお二人だけではなく、ローレル様の側近の方々も、王太子宮殿の使用人たちも良い人ばかりでありがたい。
でも、今は少し落ち着かない。
一昨日の夜会で私を睨んでいた令嬢のことが、どうしても頭から離れないのだ。
これは、これから何か起きる前兆なのかもしれない。
私は王妃様とお母様、お姉様に笑顔を向けながらも、少しずつ不安が広がっていくのを感じていた。