軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜会の余韻

夜会から王太子宮殿に戻ったのは、日付が変わってからだった。

疲れた。

これに尽きる。

にこにこと笑っているだけで、こんなにも疲れるなんて。

ローレル様にほとんど対応してもらったので、私はあまり話していないはずなのに。

全方面から視線を向けられるなんて、初めての経験だった。

二度とごめんである。

……とはいえ、これからも何度もあるんだろうなあ。

仕方がないことだと納得するしかない。

それにしても、バウム子爵家からはシトラールお兄様しか参加していなかったのはどういうことなのだろう。

目立つことを嫌う家なのは知っているけど。

娘の結婚のお披露目夜会だよ。

一応。

もしかしたらレーモンお兄様は来ていたのかもしれない。

最近、父は隠居を考えているようで、跡取りであるレーモンお兄様にいろいろと押し付けている。

……父が子爵位に就いて、まだ7年も経っていないのてはないか。

そう言えば、前子爵の祖父もそんな感じだったように記憶している。

でも、レーモンお兄様は私に会いに来なかった。

悲しい。

シトラールお兄様も、会場に入ったり出たりしていた。

私に話しかけてくることはなかった。

それ以前に社交活動をしているようにも見えなかったし。

社交をするシトラールお兄様なんて、想像も出来ないけど。

シトラールお兄様は一体、何をしていたんだろうか。

王宮魔法師団の仕事もしていたのかもしれないけど。

ローレル様がいない時は、必ずアンジェリカがそばにいてくれたのは本当にありがたかった。

持つべきものは高位貴族の親友だね!

……まあ、たまたま仲良くなったアンジェリカが侯爵令嬢だっただけなんだけどね。

そのアンジェリカ様も、隙を見てはマレイン様と何度も何かを話していたようだ。

もしかして、恋の予感?

……なんて思ったけど、あれは完璧に業務連絡をしていただけだった。

でも、アンジェリカ様とマレイン様って案外相性が良い組み合わせで、見ていて驚いてしまった。

しかも二人とも、お互いに同僚としてだけど好意はあるようだったし。

信頼関係は完璧に出来上がっていた。

そんな現実逃避をしながらも、なんとか今夜の夜会を乗り越えることができたのだ。

私がこんなに疲れているのだから、他のみんなはもっと疲れているはずだよね。

「メリッサ様、お茶のご用意ができました」

ドレスを脱いでメイクを落とし、お風呂にも入り終えたところだった。

夜着に着替えて一息ついたところでアンジェリカの声がして、私は驚いて振り返る。

そこには、侍女服に着替えたアンジェリカが、お茶の用意を終えたところだった。

「え? なんでいるの? 疲れているでしょ?」

私はアンジェリカに足早に近寄る。

そんな私に、アンジェリカは微笑んだ。

「疲れているのはメリッサ様です。初めてのご公務でお疲れでしょう」

そう言って、香りの良いお茶をカップへと注ぐ。

まるで、これが当然のことだと言うかのように。

初めての公務。

そっか、あの夜会は公務だったのか、と今さらながらに思う。

パニックになりすぎて、それどころではなかったから。

いや、実際には何とか笑顔を貼り付けて立っていただけなんだけど。

「シトラール様から、メリッサ様は魔力の消耗が激しいはずだと連絡も入っています」

「魔力?」

私は首を傾げた。

魔力を使った覚えはない。

「……あ」

その時になって初めて、自分の魔力量が減っていることに気づいた。

ただ疲れているだけかと思っていた。

なんで?

理由が分からず、ますます首を傾げる。

「無意識に魔法を使って、周りを警戒なさっていたのですよ。学生時代にもそんなことが何度もありましたよ」

アンジェリカがはっきりと言い切った。

なるほど。

無意識に魔法で周囲を警戒していたからなのか。

これはバウム子爵の家系魔法なのだ。

昔から、たまに魔力量が減っていることがあったけど、理由はこれだったのかもしれない。

自分では気がついていなかった。

「魔力を回復する成分も、このお茶には入っています」

アンジェリカがお茶の説明をする。

魔力を回復するお茶なんてものがあるのか。

知らなかった。

「ローレル殿下からも、メリッサ様が必ず飲むようにと言いつかっております」

にっこりと笑いながら、アンジェリカは続けた。

……ローレル様にも知られているのか。

自分のことなのに知らなかったのは私だけのようだ。

私は諦めにも似た気持ちで椅子に座り、お茶を一口飲んだ。

「美味しい」

思わず安堵の息が漏れる。

アンジェリカの淹れるお茶は、いつも美味しい。

学生時代は私がいつも教えてもらっていたし。

言わば、私のお茶の師匠である。

「アンジェリカ様も今日は早く休んでね」

お茶を飲み終えて、私は言った。

私の言葉にアンジェリカは一瞬驚き、それから嬉しそうに微笑む。

「私は好きでここにいるのよ、メリッサ様」

小声でアンジェリカは言った。

この部屋に今いるのは、私たち二人だけだ。

「本当にありがとう」

私は思わず口を開いていた。

嘘偽りのない私の本心。

アンジェリカには感謝しかない。

いきなりローレル殿下と結婚することになって、心細かった。

そんな中、アンジェリカがいてくれたのだ。

ここにアンジェリカがいてくれなかったら、王宮から逃げていたかもしれない。

「こちらこそ、私の居場所を作ってくれて感謝してる」

アンジェリカは即答した。

確かに、アンジェリカの生家であるパトーキ侯爵家は複雑で、彼女自身あまり居心地が良くないことは知っている。

そんな状況でも、アンジェリカは自分で決めて居場所を作っていた。

その強さに感心したことは何度もある。

魔法学園時代、私が入っている寮に突然入寮してきた時は本当に驚いた。

学園始まって以来の高位貴族の入寮だったらしい。

平民も多くいる中、アンジェリカは自然と馴染んでいった。

揉めることもなく、他の人たちとも交友を深めていたのだ。

私は同じ寮にアンジェリカが入ってきてくれて嬉しかったけど。

お陰で寮生活は楽しかった。

私とアンジェリカは、自然と微笑み合っていた。

その時、ドアがノックされる。

「メリッサ、入るよ」

ローレル様の声だった。

ここは夫婦のサロンなのだから、そこまで気を遣わなくても良いのにと思ってしまう。

でも、その思いやりが嬉しい。

「はい、どうぞ」

私の返答と共に、ローレル様が入ってくる。

彼も盛装から夜着に着替えている。

とても疲れている様子だ。

私は立ち上がって一礼する。

「ここで、そういう礼儀はいらないよ」

ローレル様は困ったような表情を浮かべている。

親しき仲にも礼儀は必要だと思う。

でも、確かにこれがバウム子爵家の中でならしないか、とも納得する。

ここに慣れるまで、もう少し時間が欲しい。

アンジェリカが静かにテキパキとローレル様のお茶を用意する。

その動きは、もはやプロの域だと思う。

いや、王太子妃の専属侍女なのだから、本当にプロなのか。

「今日はお疲れ様。随分魔力を消費したよね?」

ローレル様の言葉に、私は首を横に振る。

私よりもローレル様の方が大変だったのは間違いない。

「確認したいことがある。メリッサは、一人の令嬢を気にしていたね」

それは疑問ではなく、決定事項のようにローレル様は言った。

嘘をついても仕方がない。

確証は何もないけど。

「はい……なぜか気になってしまって」

私は正直に答える。

だって、めちゃくちゃ睨まれていたしね。

全く知らない令嬢に、だ。

気にならない方がおかしい。

「彼女はフローラ・フラワー男爵令嬢。また何かあったら、必ず教えてほしい」

ローレル様の言葉に、私は頷く。

元々、ローレル様が私の話をきちんと聞いてくださっているのは知っている。

ローレル様に信頼されている。

それだけで、私は嬉しかった。