軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜会にいた不審な令嬢

「ローレル殿下、メリッサ妃、この度はご結婚おめでとうございます」

アレックス様の後ろから、ためらいがちに、そして小声で声をかけてくる人がいた。

ローズマリー様である。

声に元気がなくとも、凛とした姿はとても美しい。

相変わらずゴージャスな外見。

でも、夜会用のドレスとしては控えめで、それでもローズマリー様の美しさはまったく損なわれていない。

相変わらずお綺麗だな、と私は思った。

しかし、魔法学園の時とは違う。

卒業式の時には、あんなにも輝いていたのに。

今夜は、しおれた花のように元気がない。

魔法学園の卒業式から、まだ二週間しか経っていないのに。

明らかにやつれているのが見て取れた。

やつれただけではない。

体重も間違いなく減っている。

ローズマリー様は、長年ローレル様の婚約者候補筆頭だと言われていた。

誰もが、ローズマリー様が王太子妃になるものだと思っていたはずだ。

私だって、そう思っていた。

とてもお似合いの二人だと思い、疑いさえしなかった。

そして、ローズマリー様ご本人も、ローレル殿下のことを心から慕っていた。

魔法学園時代に見ていただけでも伝わってくるほどだった。

王太子妃になるためにローズマリー様は淑女教育には特に力を入れていた。

傍目には、それ以上必要なくないのではと思えるほどの徹底ぶりだった。

私は、ローズマリー様が努力なさっていたのを目の前で見ていた。

それを知っていたはずなのに。

いきなり自分の置かれる立場と生活に混乱して、私は他の人たちのことを考えていなかった。

ローズマリー様は、この二週間つらい思いをしていたに違いない。

以前のような内からの輝きがない。

こんなにも痩せてしまって。

胸が締め付けられる思いだった。

私はローズマリー様に返す言葉が見つからなかった。

ローズマリー様ご本人も、ローレル様と私を見ようとはしない。

見られない、と言った方が正しいのかもしれない。

私だったら、つらくて見られない。

この夜会にも来たくなかっただろう。

それでも、礼儀正しく挨拶をしてきたローズマリー様は、やはり素敵な方だと思えた。

魔法学園時代から知ってはいたけれど。

ローズマリー様は、ベイリーフ王国で一番礼儀正しい令嬢なのだ。

「トスカナ公爵令嬢も、ありがとう」

にっこりと微笑みながら、ローレル様が答える。

わざと声を弾ませているようにも聞こえた。

「ありがとうございます」

私もなんとか返答できた。

これ以上は何も言えない。

それにしても、ローレル様はローズマリー様のお気持ちを知っているはずである。

魔法学園を卒業してすぐに、ローレル様とローズマリー様の婚約が発表されるのではないかと、まことしやかに噂されていた。

私だってそう思っていたのだ。

それなのに、いきなりのローレル殿下の結婚発表である。

しかも、婚約をすっ飛ばして結婚。

国中が驚いたに違いない。

私も驚愕したし、いまだに実感がない。

その上、ローレル殿下の相手が、しがない子爵令嬢である。

みんな納得しないよね。

疑問しかない。

ああ、だからか。

私は納得した。

ローレル様はローズマリー様に自分への気持ちを断ち切らせようとしているのだ。

きっと、これがローレル様なりの優しさなのだろう。

しかもローズマリー様のことを家名で呼んでいる。

それが決め手だった。

……違う。

魔法学園時代もローズマリー様のことをトスカナ公爵令嬢と呼んでいた気がする。

他の令嬢に対しても家名で呼んでいた。

私、魔法学園直後にローレル様から名前で呼ばれたことがある気がする。

でもあれは、マレイン様が私の名前を呼んだから……。

あれ?

ローレル様は私のことを覚えていたと言っていた。

え?

ローレル様、私のことだけ名前で呼んでた?

嘘、本当に?

私は驚いてローレル様の顔を見た。

ローレル様は嬉しそうに笑みを返してくる。

まるで、全てを分かっているかのように。

もしかして、魔法学園入学時には、私が王太子妃に内定していたなんてないよね?

神々しいローレル様の微笑みで誤魔化されるつもりはない。

だけど、ここで聞くような話でもない。

私はため息を吐いた。

いつか、聞かせてくれるのだろうか。

そんなことを考えていると、ローレル様は私の腰を引き寄せた。

これでもかと言うほど力強く。

人前で、やめてー。

恥ずかしい!

「本当に仲が宜しいのですね。ご懐妊されたのかと思いましたよ」

無邪気に笑いながら、でも声は抑えて、アレックス様がローレル様に言った。

悪気がないのは伝わってくる言い方だった。

ローレル様とアレックス様は、親しいのだろう。

でも私は、その言葉に思わず目を丸くする。

なるほど。

そう思われていても仕方がないのか。

「確かに、それだと皆様納得ですね」

私は感心したように呟いてしまった。

そんな私に、ローレル様がとても冷たい視線を向けてくる。

空気が凍ったのが分かった。

あ、やばい。

地雷を踏んだかも。

「メリッサ。それは、どういう意味かな?」

笑顔でローレル様が私に言った。

顔は笑っているのに、目が笑っていない。

怖い。

そして抱き寄せた腰は離してくれない。

まるで、私が逃げないように。

「私が異性にだらしがないとでも?」

追撃されて、ローレル様の怒りの度合いが伝わってくる。

そこまで怒ることだったの?

ローレル様の地雷がどこにあるのかも、私はまだ分かっていないのだと改めて理解する。

でも、ありがたいことに、ローレル様が本気で怒ってはいないことは分かった。

本気で怒っていたら、どうにもできなかったはずだ。

私は急いで笑顔を作った。

「まさか、そんなことは思っておりません。私は結婚するまで、ローレル様とは挨拶をしたことしかございませんでしたし」

懐妊していないことを強調した。

実際、挨拶程度しかしたことがなかったのは事実だ。

物理的に無理である。

静かに深呼吸をしてから、私は口を開く。

「ローレル様は、しっかり責任を取られる立派な方だと、誰もが推察しているのですよ」

なるべく柔らかい口調で、ローレル様に言った。

ちなみにこれは、私の本心でもある。

そして懐妊は事実ではないことも織り込みながら、私は答えた。

ついでに、締め付けられたコルセットを強調するように胸を張る。

……このコルセット、懐妊を否定するためのものかもしれない。

今さらながら、そんなことに気がついた。

きっと、こうなることも織り込み済みだったに違いない。

私の返答に、ローレル殿下は満足そうに頷く。

良かった。

機嫌は直ったようだと、内心ほっとした。

そして当然のように、ローレル様は私の腰を抱き寄せたまま。

と、同時に頬にキスを落とした。

あまりにも自然な行動に、私は最初、何をされたのか分からなかった。

頬にキスをされたのだと理解した瞬間、自分でも分かるほど顔が真っ赤になる。

「二ヶ月後には結婚式を挙げる。ぜひ、アレックスとトスカナ公爵令嬢も来てくれ」

今までより少し大きな声で、会場にも聞こえるように言った。

ローレル殿下の声に、歓声が上がる。

会場が熱気に包まれた。

これがパフォーマンスだということは分かる。

でも、慣れることはない気がする。

それでも私は必死に笑顔を浮かべた。

これが私の役目だから。

そんな中で、私は不穏な視線に気がついた。

会場の隅に立っている、一人の令嬢。

脳内に詰め込んだ貴族名鑑から彼女を探す。

でも該当する人物が思い当たらない。

他国の来賓にも、若い女性はいなかったはずだ。

彼女はとても目立っていた。

可愛らしい顔に、ピンクのドレス。

それに、この国では大変珍しい虹色の髪をしている。

その令嬢は、私を一心に睨みつけていた。

「メリッサ」

ローレル様に優しく名前を呼ばれる。

そこには、間近にローレル様の綺麗な顔があった。

心臓が跳ねる。

うー。

これも慣れることなんてなさそう。

顔が良すぎるんだよ、ローレル様。

もう一度、ローレル様は私の頬にキスを落とす。

ローレル様は、凄く嬉しそうな表情をしている。

とても満足げだ。

私は顔を赤くすることしかできないのに。

「大丈夫だよ」

耳元でローレル様が囁く。

それは、まるで私を安心させるような言い方だった。