作品タイトル不明
夜会用のドレス
ローレル殿下と結婚してから、2週間が経った。
いまだに結婚した実感がない。
「アンジェリカ様、すごく綺麗ね!」
私は思わず感想を漏らした。
今、私の目の前にいるアンジェリカは夜会用のドレスを着ている。
元々美人なのに、豪華なドレスと装飾品で美しさが倍増していた。
「メリッサ様、現実逃避しない!」
ピシャリと言い返される。
いや、現実逃避したくもなるよ。
今夜、王太子殿下の結婚お披露目の夜会だなんて。
婚約ではなく、いきなり結婚だよ?
おかしいよね、大国の王太子の結婚なのに。
しかも入籍は済ませているし、結婚式は後日だなんて。
そんな中でのお披露目の夜会である。
気が重い。
しかも私は、しがない子爵家の末っ子だよ?
そういえば持参金って、どうしたんだろう。
用意できないよね、バウム子爵家は絶対に。
……支度品と相殺されたのかな?
うん。
怖いから考えるのはやめよう。
「早く決めてしまいましょう」
アンジェリカが、私の前に並べられたドレスに視線を向けて言った。
私の夜会用のドレスである。
ドレスルームに置いてあったのは知っていたけど、数が多い。
圧巻である。
しかも――全部、ローレル殿下が用意したものらしい。
この数のドレスが、すべて。
……いつから用意していたのだろう。
ドレスって、作るのに最短でも2週間はかかる……はずである。
それなのに、夜会用のドレスが少なくとも二十着は用意されている。
怖くて聞けない。
この王太子宮殿に暮らし始めた時から、ドレスはたくさんあったけど、ここ2週間で明らかに増えている気がする。
……気のせい、ということにしておこう。
基本は淡い水色かシャンパンゴールド。
ローレル殿下の瞳と髪の色だ。
まぁ、普段着もこの系統の色味のドレスが多い。
嫌いではない。むしろ好きだ。
青も黄色も、普通に好きだ。
それにしても、デザインが見事なまでに全部好みなのはどういうことなのだろう?
文句のつけようがない。
でも――気恥ずかしいのも事実。
ローレル殿下は、どんな気持ちでこれを用意したのだろうか。
それと、ドレスには薔薇の刺繍が入ったものが多い気がする。
今やバウム子爵家の象徴になりつつあるから、そのせいかもしれない。
「ドレスが決まらないと装飾品も決められないし、メイクもできないのですよ」
アンジェリカが呆れたように言う。
分かってはいるのだけど。
今まで夜会なんて出たことないし。
装飾品の中で唯一先に出されている、ブルーダイヤモンドのティアラ。
あれ、私がつけるんだよね?
……本当に気が重いんだけど。
私って、本当に王太子妃になったんだな。
今さらながら、そう思う。
この2週間、王太子妃らしいこと、何もしていない気がする。
改めてその事実に気づいて、少しだけ目眩がした。
ローレル殿下は、私がストレスなく過ごせるように、すべてを整えてくださっている。
ここまで気を遣う必要があるのかと思うほどに。
おかげで王太子宮殿での生活には少し慣れてきた気がする。
アンジェリカにも会えるし、家族から手紙も届く。
私も手紙を書いている。
不都合は何もない。
ローレル殿下とも、少しだけ距離は縮まった気がするし。
スキンシップが増えた、という意味で。
無理強いはされない。
行動も、考え方も。
私を尊重してくださっているのが、ちゃんと伝わってくる。
話も聞いてくださるし、最近では私も少しだけ本音が言えるようになった。
私が本音をこぼすと、ローレル殿下は嬉しそうに笑う。
王太子殿下としてではなく――。
それがローレル様の素の笑顔だと、私にも分かるようになってきた。
魔法学園で3年間同じクラスだったのに。
あんなに遠い存在だったのに。
どうして、こんなことになっているのか。
私は、まだ何も分かっていない。
ローレル殿下も、そのことには触れない。
あえて、話題にしないようにしている。
ならば、無理に聞くことでもないのだろう。
尊重してくださっているのだから。
私も、ローレル様を尊重するべきだ。
「それで、どれにします?」
アンジェリカが再度問いかけられる。
これ以上時間をかけるわけにはいかない。
アンジェリカだって、自分の支度はすでに済ませている。
朝早くから準備してくれていたのも分かっている。
――私のために。
本来なら、アンジェリカは夜会に出る必要はない。
興味もないはずだ。
それでも、私が不安なのを分かっているから、侯爵令嬢として出席してくれる。
その気持ちを無駄にするわけにはいかない。
「ドレスは、その薄い空色に金色で薔薇の刺繍をしているものを」
一番ローレル殿下の瞳の色に近い空色の生地のドレス。
そして金の刺繍。
「はい、こちらですね」
侍女がトルソーからドレスを外し、準備を始める。
次は装飾品。
ゴールドを基調に、ブルーダイヤモンドで揃えるべきか。
ティアラとのバランスもある。
――ローレル殿下に恥をかかせるわけにはいかない。
今夜は、ローレル殿下の結婚のお披露目。
主役はあくまでローレル殿下だ。
私が目立ちすぎてはいけない。
だけど他の貴族たちに見下されるわけにもいかない。
彼の権威を損なうわけにはいかないのだ。
その瞬間、頭の中で何かが、はまった。
パチリ、と音がしたような気がした。
この方向でいけばいい。
ローレル殿下の評価を落とさず、私は目立たず、反感も買わないように。
そこからは早かった。
霧が晴れたように、選ぶべきものが見えてくる。
「メリッサ様は、その時に一番良いものを毎回選べるのね。ある意味、才能だと思うわ」
次々と決めていく私を見て、アンジェリカが感心したように呟いた。