軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(回想)ここは現実なんだ……(ラズベリー・ハーブ視点)

私は堪らず、ためらいながらも口を開いた。

「……これ、私が聞いてもいい話?」

シトラールがローレル殿下へと視線を向ける。

相変わらずシトラールの顔はよく見えない。

それなのに、視線の先だけは分かるのが不思議だった。

「ラズベリー嬢のことを確認したくて、俺をここに連れてきたんですね?」

「否定はしない」

ローレル殿下は満足そうに微笑んだ。

――あ、為政者の顔だ。

空気が、一瞬で張り詰めたのが、私にも分かった。

シトラールは少し考えてから、私を見た。

真っ直ぐな眼差しを向けられて、落ち着かない気持ちになる。

思わず背筋を伸ばす。

緊張する。

私は怖くて、誰とも目を合わせたくなくて俯いてしまう。

「……この距離でも危険は感じられませんね。彼女に悪意はないです。ねえ、ハーツ様?」

「僕に同意を求めるな。殿下はシトラールに尋ねているんだ。先ほどから僕を巻き込む気満々なのは、悪意しか感じられない」

ハーツが呆れたように言った。

「信頼されるのは嬉しいですけど、責任を負うことはしたくないんです。良い意味でも悪い意味でも目立ちたくない。これがバウム子爵家の総意であることは間違いありませんので」

シトラールは淡々と告げる。

目立ちたくない?

意味が分からない。

「魔石が学園から戻ってきたことも理由としては大きいね。保険は何重にもかけておいても損はない」

ローレル殿下は、マレインの手のひらに置かれた魔石を愛おしそうに見つめていた。

「それに、メリッサ嬢をここへ連れてきたら困るだろう? シトラールも」

「……」

「……そうですね」

シトラールは何か反論しようとして口を開き、結局閉じた。

代わりのようににハーツが同意する。

今までのやり取りからしても、全員がメリッサをとても大切にしていることは伝わってきた。

特にローレル殿下。

まるで恋をしているみたいな――。

いや、これはもう恋をしている。

すごく、メリッサに執着しているように見える。

怖いくらいに。

「現在は無害と言っていいかと思います」

気を取り直したように、シトラールが答えた。

あくまで冷静に。

無害?

ちょっと言い方がひどい。

女の子に向かって使う言葉じゃない。

「……現在は無害、か」

「はい。現在は、です」

「以前は違った?」

「その時の相手の状態によっても変わってきます。最後に学園で彼女を見た時は、何か焦っていました。今は落ち着いているようです」

「この部屋にいる限りは、問題を起こせないということか」

ローレル殿下も、何かを検証するように私を見ている。

正直、怖い。

私のことを、人ではなく物みたいに見ている気がした。

ローレル殿下とシトラールの冷徹な会話に、恐怖が大きくなる。

「魅了魔法はどうだ?」

「……正確に断言はできませんが、ハーブ家の家系魔法ではないようです。彼女個人の固有魔法……いや、違うな。母親の血筋の……普通の家系魔法ではなく、もっと古えの国の、王族、しかも長子の女性だけが使える特殊魔法……だと思います」

途中から、シトラールの呼吸が荒くなっていた。

今にも苦しそうだ。

「なるほど」

ローレル殿下は、納得したように何度も頷く。

シトラールが頭を押さえ、倒れそうになったところをマレインが支えた。

一気に魔力を消耗したのが分かる。

……まるで、私の魔法の性質と魔力量を測ったみたいな口ぶりだった。

シトラールって、そんなことまでできるの?

でも、それよりも。

「……魅了魔法?」

私は思わず呟いた。

何それ。

私、そんな魔法が使えるの?

「本人は魅了魔法を使えることを知らなかったようですね。今ので、それが嘘ではないと確認が取れました」

シトラールは微かに笑い、言った。

相変わらず彼の顔は見えないけど。

「ありがとう。もういいよ、シトラール」

ローレル殿下がいたわるように声をかける。

私の反応を見て、シトラールは苦笑していた。

「すごいな、そんなことまで分かるなんて」

ハーツは素直に感心している。

「……メリッサとずっと一緒に育ったので、嫌でも身につきます」

「まあ、そうだな」

困惑した表情を浮かべてハーツは同意した。

「どうしてだ?」

マレインが不思議そうに尋ねる。

「メリッサは直感がすごいんです。でも本人は検証しない、興味がないので。だから、俺が調べることになるんです。メリッサの直感を俺が一割でも理解していないと、調べる方向性が全く見えないので、本当に本当に大変なんですよ……」

「……シトラール、思っていたより苦労してるな」

ハーツが心底同情したように言った。

普段から妹に振り回されているようだ。

「それに、これは俺の母方の家系魔法が、バウム子爵家の魔法といい感じに混ざったからできることでもあります」

「サフラン王国の王家の家系魔法か?」

「はい、そうです」

ローレル殿下の問いに、シトラールは淀みなく答える。

「サフラン王国の元王女、だったよな。バウム子爵夫人は」

マレインの問いに、シトラールは無言で頷いた。

え?

他国の元王女?

すごくない?

「元王女とは思えないほど気さくだから忘れがちだよな。バウム領の領地を普通に歩いているし」

「王女だった頃は、さすがにできなかったそうですが、王城の敷地内は自由に移動して良かったそうです。それと、サフラン王国の王族は基本的に賤民意識はほぼないらしので領民と触れ合いも抵抗がないそうです」

シトラールは一度、大きくため息をつく。

「メリッサは性格も考え方も、自分に一番似ていると母は言っていました」

「え? ソレイユ夫人ってメリッサみたいなのか?」

驚いたように、ハーツが聞き返す。

「はい。母はメリッサをもっと穏やかにした感じですね」

「他国、それも王家の魔法を、ここで話してしまっていいのか?」

淡々と答えるシトラールにマレインの疑問を呈した。

私も心の中で何度も頷く。

……それ、国家機密じゃないの?

「そこはサフラン王国も織り込み済みなのだと思います。そうでなければ、母は父に嫁ぐ前に処分されていたでしょうし」

「まあ、そうだな。普通に考えれば」

ローレル殿下が納得したように言う。

処分。

……王族って、怖い。

「この大陸で一番小さい国であるサフラン王国が、今まで戦争にも巻き込まれず存続してきたのは、危機回避能力が非常に高いからですよ。バウム子爵家と似ています」

「無理をさせて済まないな。シトラール、大丈夫か?」

「……はい」

ローレル殿下の言葉に、一拍置いてからシトラールが答える。

顔色が悪い……気がする。

やはりシトラールの顔を把握できないけど。

「ここには私たちしかいない。一度認識阻害の魔法を解いて、回復に魔力を回した方がいいよ」

「……本当に王族ってすごいですね。そんなことまで分かるとは」

「未来の義兄に無理はさせられないからね」

砕けた口調で、ローレル殿下は答えた。

――ああ。

もう決まっていたんだ。

王太子妃になるのは、メリッサだって。

私はヒロインじゃない。

ローズマリーも悪役令嬢じゃない。

確かにローズマリーはローレル殿下と婚約していない時点で、おかしいとは思っていたけれど。

ここって、私が知っている乙女ゲームの世界じゃないんだ。

これは、現実なんだ。

ラズベリー・ハーブは、ただの平民。

ヒロインではなかった。

私が呆然としていると、シトラールと目が合った。

その時、シトラールの顔がはっきりと見えた。

認識阻害の魔法を解いたのだろう。

幻の隠しキャラ。

シトラール・バウム。

凄く端正な顔をしていいる。

一瞬、息をするのを忘れていたくらい、カッコいい。

モブ令嬢だと思っていたメリッサと全くにていない。

私の好みのど真ん中の顔をしている。

思わず彼の顔に釘付けとなってしまっていた。

「うわっ! すごい、イケメン!」

本音が口から漏れてしまった。

しかも、大きな声が出で。

隠れキャラのシトラール・バウムの顔を見て感動していまう。

さすが、幻の隠れキャラだけはある!

「やっぱり、メリッサに少し思考が似ていますね。ラズベリー嬢は」

困ったように笑いながら、シトラールが言う。

今までとは違って、その声に嫌悪は含まれていなかった気がした。