作品タイトル不明
479 スライヴィーヤ伯爵 (2)
マーモント侯爵家が用意してくれた馬車に乗り、俺たちはスライヴィーヤ伯爵家に向かった。
距離的には歩いて行ける距離なのだが、そこで徒歩を選ばない、いや、選べないのが貴族。
二頭立ての高級そうな馬車をガラガラと暫し走らせて、辿り着いた先にあったのは、少し控えめな屋敷――と感じたのは、俺たちが特に大きなマーモント侯爵家の屋敷にいたからだろう。
客観的に見れば、間違っても小さな屋敷ではないし、伯爵家と考えれば平均以上。
周囲の屋敷と見比べると、明らかに広い敷地を有していた。
「お~、随分と木が多い庭だな」
屋敷の門を抜けて見えてきた庭園には、想像以上に多くの木が植えられていた。
生えている木の数だけなら、ネーナス子爵家の屋敷裏もなかなかだったが、あちらを『見苦しくない程度に手が入った自然の林』とするならば、こちらは『よく考えられた植栽』である。
まるで『自然を感じられる公園を人の手で作った』というような雰囲気で、マーモント侯爵家の『いかにもな貴族の庭園』とは別方向で目を楽しませ、気持ちを落ち着かせてくれる。
「良いわね、こういう庭も。手入れは大変そうだけど」
「この庭は貴族の間でも評判らしいぞ? 普通の貴族は本当の森に入ることなどないからな」
町の外には自然などいくらでもあるが、そこには当然のように危険な獣や魔物が生息している。
そんな場所を気軽に散歩できる貴族はごく一部であり、安全に森の雰囲気を楽しめるこの庭園で行われるパーティーは、そういったものが好きな貴族たちに好まれているらしい。
「なるほどねぇ。確かに、 そ(・) れ(・) っ(・) ぽ(・) い(・) 森よね」
「ま、“庭”だからな。現実に近付けても仕方ないだろう? ――っと、着いたみたいだ」
若干皮肉気に笑ったリアがそう言うのと前後して、馬車が止まる。
程なく馭者によって馬車の扉が外から開かれ、俺が最初に降車、ハルカに手を差し伸べる。
「お嬢様、お足元にお気をつけください」
「ふふっ、何よそれ。ありがとう」
ハルカは可笑しそうに笑いつつも、俺の手を取って上品に馬車から降りた。
慣れていないのでやや気恥ずかしいが、これもマナー。俺は続くリアの手も取る。
「トーヤはいないから、不慣れな俺で我慢してくれ」
「いや、なかなか様になっているぞ? 正式な場でなければ通用するだろうな」
それはつまり、正式な場では通用しないと。
実際、俺の手を取って馬車から降りるリアの動きは、どこか洗練されている。
さすがは生粋の貴族。普段は意識しないが、こういうのを見ると育ちの違いを感じる。
「(ハルカ、俺たちは練習が必要みたいだぞ?)」
「(今度、リアに習いましょ。それより――)」
ハルカに促され、視線を向けた先には屋敷から出てきた使用人の姿。
初老――に見えるエルフの彼は俺たちの前で立ち止まり、綺麗な一礼を披露する。
「ようこそおいでくださいました。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
「えぇ、よろしく頼みます」
リアが代表して使用人に応え、俺たちが案内されたのは屋敷の応接室。リアに背中を押され、俺を先頭に室内に入ると、そこでは既にスライヴィーヤ伯爵らしきエルフが待っていた。
ソファーに座って、柔和な笑みを浮かべている男性。
髪色はシルバーグレイで、外見年齢は四〇代ぐらいのイケオジである。
エルフであることを考慮すれば、実年齢はもう少し上の六〇代ぐらいだろうか?
身体の線は細いが健康的に引き締まっているあたり、おそらくはかなり鍛えているのだろう。
――エルフって、本当に筋肉が付きづらいからなぁ。
「本日はお時間を頂き、誠にありがとうございます。ナオと申します」
俺がそう挨拶すると、ハルカも俺の隣で「ハルカです」と会釈。
スライヴィーヤ伯爵の方も、小さく頷いて応える。
「私はサンデル・スライヴィーヤです。アルトリア嬢もお久しぶりです」
「はい、ご無沙汰しています。本日は彼らの付き添いとしてまかり越しました」
「そうですか。あなた方の来訪を歓迎します。まずは座ってください」
「失礼します」
俺たちは勧められるままにスライヴィーヤ伯爵の対面に腰を下ろし、改めて口を開く。
「スライヴィーヤ伯爵、お目にかかれて光栄です。この度は私を貴族にご推挙を賜りましたこと、身に余る栄誉にございます。まずはお礼の意をお伝えしたく、参上致しました」
慣れない口調で、できる限り丁寧に挨拶。
するとスライヴィーヤ伯爵は目を丸くして、すぐに声を出して笑った。
「ははは、そう 畏(かしこ) まらなくて良いですよ。こちらにも思惑があって推薦しただけのこと。あなたも本音では『面倒な地位を押し付けられた』と思っているでしょう?」
『押し付けられた』とまでは思っていないが、かなり図星である。
しかし、正直にそれを言えるはずもなく――。
「いえ、決してそのようなことは」
「気を使う必要はありません。高ランクの冒険者ともなれば、貴族にならずとも十分に良い生活ができるのです。義務など課せられたくないと考えるのは当然のことでしょう。私も若い頃は冒険者として各地を回った経験がありますので、煩わしく思うのも理解できます」
「…………」
『ならどうして?』と思わなくもないが、スライヴィーヤ伯爵は表情を変えずに続ける。
「ですが、この国の貴族である私は、国の将来のことも考えねばなりません。そのためにはエルフの貴族が必要なのです。――ついでに、獣人の貴族が増えたのは、思わぬ僥倖でしたが」
リアにもチラリと目を向け、スライヴィーヤ伯爵はニコリと微笑む。
やはり彼にとって重要なのは、人族以外の貴族が増えることなのだろう。
「エルフの貴族は少ないのですか?」
「少ないですね。エルフで最も力を持っていると思われる私ですら伯爵です。それどころか、エルフ、獣人、ドワーフ。すべての貴族を合わせても、人族の貴族の数にはまったく及びません。本当なら種族による数争いなどしたくはないのですが、残念ながら現実はそう甘くありません」
俺たちは訪れる場所を選んでいるので、種族による強い差別は経験していない。
だが、人族以外は暮らしにくい領地があることは知っている。
つまり、スライヴィーヤ伯爵が懸念しているのは――。
「人族至上主義……ですか?」
「はい。同族に親しみを持つのは仕方ありませんが、他種族を排除するようになってはいけません。ましてや人族至上主義はユピクリスア帝国が掲げているもの。対して我が国の強みは多種族共生。それを捨てて彼の国と同じ道を辿れば、その先にあるのはレーニアム王国の衰退です」
レーニアム王国の衰退。
その予想は、おそらく間違っていないだろう。
人族至上主義が優勢になった場合、最初に影響が出るのは冒険者である。
人族以外を含むパーティーは当然として、人族のみのパーティーであっても、人族至上主義という極端な差別を嫌気して、他の国に拠点を移す可能性は十分に考えられる。
そして人族以外の貴族もまず間違いなく黙ってはいないし、その勢力は決して侮れない。
エルフの魔法、獣人の戦闘力、ドワーフの技術力。
それら種族の特性がレーニアム王国の国力を高めていることも大きいが、ユピクリスア帝国が人族至上主義を掲げている関係で、対照的に隣国であるこの国には彼らが多く居住している。
貴族の数は少なくても、国全体で見ると人族以外が結構な割合を占めているのだ。
もし、人族とそれ以外で内戦になったとしても、簡単に決着が付くほどの勢力差はないし、それによって国力が落ちれば、敵国であるユピクリスア帝国が座して見ているはずもない。
どう考えても、人族至上主義によって国が発展するような未来はないだろう。
「それを防ぐためにも、エルフの貴族が必要なのです。ナオさん、頑張ってくれませんか?」