軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

478 スライヴィーヤ伯爵 (1)

『時間もないし、早めに着替えましょ』

ハルカにそう急かされ、俺は朝食を終えると食休みもそこそこに自室へと戻ってきていた。

実際、スライヴィーヤ伯爵が指定してきた時間は午前中。

正確な時計があるわけではないので分刻みのスケジュール、なんてことはないが、こちらが面会を希望しているのに相手を待たせるわけにはいかない。

「えっと……あぁ、これなら問題なさそうだな」

ユキに渡された袋に入っていたのは、ジャケットにスラックスという組み合わせだった。

共にダーク系の単色で、シャツだけが白、それに紐タイを付けるという形。

極々一般的なデザインで特徴はないが、使われている布は厚手のしっかりした物で、織り目も細かい高級品。縫製の丁寧さは言うまでもなく、よく見れば判る高級感を醸し出している。

「これを縫うのは、結構大変だよな。三人には感謝だな」

【裁縫】のスキルがあるとはいえ、それはハルカたちの技術力を表す指標でしかない。

スキルを使ったところで魔法のように勝手にできあがるわけではなく、ミシンもないのだから、厚手の生地を手縫いで仕上げるには、相応の時間と労力が必要になっただろう。

「……よし。問題ないな」

普通の服なので戸惑うことなく着替えは終わり、部屋に備え付けの鏡で全体を確認。

さすがは俺の体形に合わせたテーラーメイド、自分で言うのも何だが、身体にフィットしていて着られている感じもない――もちろん、そう見えるのはユキたちの功績なのだが。

「髪型は……変に格好付けることもないよな」

髪は軽く整えるだけにして食堂に戻ると、俺を出迎えたのはハルカとリア以外の面々だった。

「お~、良いじゃん、良いじゃん! さすがあたし!」

「似合ってますよ、ナオくん」

ユキはドヤ顔で胸を張るが、実際にデザインを考えたのも、縫製してくれたのも彼女たち。

似合っているなら、それは当然、ユキやナツキのおかげである。

「そうだな。ありがとうな、二人とも」

「ま、まぁ、どうってことないかなっ!」

俺が率直にお礼を言うと、顔を逸らしたユキが赤くなった顔を片手でパタパタと扇ぎ、そんなユキを見たナツキは「ふふっ」と笑い、俺に「どういたしまして」と応じた。

「それで、ハルカとリアは?」

「お前のすぐ後で着替えに行ったぞ。もう戻ってくるんじゃねぇか?」

トーヤたちがのんびりしているのは、スライヴィーヤ伯爵との面会に付いてこないから。

同行するハルカとリアは着替えが必要だし、髪も俺と違って軽く整えるだけでは済まない。

少し時間がかかるか、と思ったのだが、さほども待つことなく食堂の扉が開いた。

「あ、ハルカ、戻って――お~、そんな感じか。可愛いじゃないか」

扉から入ってきたハルカが着ていたのは、ワンピースにカーディガンと言う組み合わせ。

腰にはスカーフのように柔らかい布がサッシュとして巻かれて、醸し出すその上品な雰囲気は、ドレスコードがあるような高級レストランでも十分に通用しそうである。

「そう? ありがと。ナオも……悪くないわよ。あと、これも忘れずに、ね」

ハルカは俺の前に立つとシャツの首元を整え、胸ポケットに折り畳んだハンカチを差し込む。

その色はハルカのサッシュと同じ色で、彼女は一歩引いて俺の全身を見ると満足そうに頷いた。

「お~、自分のものアピール! やるねっ!」

ユキが揶揄うように親指を立てると、ハルカは余裕の笑みを浮かべて応じる。

「ま、パーティーじゃないから問題ないと思うけど、念のためね」

これから向かうのは、スライヴィーヤ伯爵のお屋敷である。

披露宴の時とは違い、ハルカが厄介な貴族に声を掛けられる心配はないはずだが――。

「いや、用心しておくのは悪くないと思うぞ?」

それを否定するように、声が上がった。

そちらに目を向ければ、部屋に戻ってきたリアの姿。

その装いは先ほどまでとは一変し、上品なドレス姿になっている。

彼女も普段は俺たちと同じような服を着ているのだが、さすがは生まれながらのご令嬢。立ち姿は凜として美しく、背の高さと豊かな胸も相俟ってドレスが見事に映えていた。

「わぁ、綺麗ですねっ。リアさん、すっごく似合ってます」

「リアお姉ちゃん、素敵なお洋服なの!」

メアリが目を丸くし、ミーティアはリアに駆け寄って、その回りをくるくると回る。

「ふふ、そうか? ま、これでも侯爵家の娘だからな。他家を訪問するときには、面倒でもそれなりの格好をしなければいけないんだ。――どうだ?」

リアがミーティアの頭を撫で、得意げな顔をトーヤに向ける。

そして、リアの見慣れない姿にどこか呆然としていたトーヤは、その視線に促されるようにソファーから立ち上がり、彼女の前でスッと膝をついてその手を取った。

「リア……。結婚してくれ!」

トーヤ、血迷ったか。

いや、気持ちは少し解るけどな?

「――っ、ば、ばかっ、もう結婚すると決まっているだろっ」

リアは手を引っ込めて恥ずかしそうに頬を染め、しかし満更でもなさそうにつんと顎を上げる。

だが、こんな場所で変に盛り上がられても、俺たちとしては困るわけで。

「はいはーい、そういうのは二人っきりのときにねっ!」

割り込んだユキが両手で『えいっ』とトーヤを転がし、リアに視線を向ける。

「んで、用心って?」

「え、あぁ、うん。やはり 閨閥(けいばつ) は強力だからな。ナオに相手がいなければ、一族の者を送り込もうと考えるのは貴族として当然のこと。スライヴィーヤ伯爵なら問題はないと思うが……な?」

「それはそうでしょうね。では、私とユキも一緒に行けば、より安全だったのでは?」

リアの言葉に頷いたナツキがそう尋ねるが、リアは首を振る。

「普通のパーティーならそうだろうな。だが、今回はハルカだけの方が良い。スライヴィーヤ伯爵はエルフ族、エルフであるハルカを重視する姿勢を見せた方が面倒がないだろう」

俺を貴族に推薦したこと自体、種族問題に端を発している。

それを考慮すれば、エルフの貴族になると明確に示しておいた方が良い、ということらしい。

「俺としては、種族をあまり意識してないんだが」

「ナオたちはそうだろうな。だが、それを上手く利用するのも領主の力量だぞ?」

「政治ってヤツか。勉強しないとなぁ……」

貴族になる経緯を考えれば、俺たちが望まなくても巻き込まれることにはなるのだろう。

由緒正しき庶民の生まれである俺は、当然のように上に立つものとしての教育など受けていないし、元の世界ならまだしも、こちらの政治や統治に関する知識もほとんどない。

領地のことに関しては、元の世界の知恵なども取り入れ、ある程度は俺が遣りやすいようにできるかもしれないが、貴族同士の関係についてはこの国の常識や遣り方に倣う必要がある。

前者はナツキたちに、後者はリアやディオラさんたちに学んでやっていくしかないだろう。

「……ふぅ。ま、ボチボチだな。ところでユキたちは今日、どうするんだ?」

面倒なことは取りあえず先送り。

一つため息をついて気持ちを切り替えて尋ねると、ユキは少し気まずそうに答える。

「えっと……、メアリたちも連れて、散歩に行ってこようかなって。下見的な?」

「私たちが王都に滞在できる期間は、案外短くなりそうですからね。ナオくんやハルカと一緒にお買い物に行くとき、無駄を省くためにも事前に調べておこうと思っています」

「ナオお兄ちゃんたちのために、美味しいところ、見つけてくるの!」

ナツキの言う通り、授爵の式典が終われば、俺たちはすぐに王都を離れる予定だ。

必然的に観光に使える時間は限られることになるが、折角なので本屋や武器屋などの店も回りたい。そのためにユキたちは下見をしてきてくれる、ということなのだろう。

……うん。頭ではそう理解できても、微妙に釈然とはしない。

「はぁ。了解、楽しんできてくれ。それじゃ俺たちは行ってくるかぁ~。面倒だが」

「ナオさん、が、頑張ってくださいっ」

「ありがとうな、メアリ」

少し申し訳なさそうなメアリの頭を、俺はポンと撫でる。

そして、早速どこに行くか相談し始めたトーヤたちを見て、小さくため息をついた。