軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

480 スライヴィーヤ伯爵 (3)

「……私が領主になっても、エルフを優遇するつもりはありません。それでも?」

多種族共生は良くとも、エルフ至上主義はいただけない。

大丈夫だとは思うが一応確認すると、スライヴィーヤ伯爵はニコリと微笑む。

「はい、それで良い――いえ、それが良いのです。差別に反対しておきながら、自分たちの種族は優遇するのでは筋が通りません。私の希望はすべての種族が同じように力を発揮できる環境です」

「同意します。私も種族に関係なく仲良くしたいと思っていますので」

「助かります。――あぁ、種族以外で差を付けるのは問題ないですからね? 税を納めて領地に貢献する領民と、行きずりの旅人。当然ながら、同じ権利は与えられません」

それはそうだろう。一番大事にするべきは領民、それ以外は二の次。

例えば冒険者などは大した義務を負わされないが、その代わりに権利が制限されている。

戦略的に冒険者を優遇する政策もあるかもしれないが、基本的に根無し草である冒険者は領地運営の安定性という意味では微妙。余程上手くやらなければ、なかなかに難しそうだ。

「それと、領地の運営についても支援する用意があります。推薦だけして放置では無責任ですからね。おそらくマーモント侯爵家の方でも、何からの関与するとは思いますが?」

問うような視線を向けるスライヴィーヤ伯爵に対し、リアはニコリと微笑む。

「そうですね。私とナオの仲間であるトーヤは婚約しています。立場としては、トーヤがナオの部下になるともいますが、マーモント侯爵家として必要な支援はするつもりです」

「やはりそうですか。ナオにお相手がいなければ、私の娘でも、と思ったのですが――」

支援をする代わりに、婚姻関係を結んで一族に取り込む。

よく聞く手法ではあるが、当然俺たちとしては受け入れがたく、ハルカの纏う空気も硬くなるが、スライヴィーヤ伯爵はハルカをチラリと見て、ふっと小さく笑う。

「友好関係を築きたいのに、逆のことをするわけにもいきませんからね。その代わりと言っては何ですが、アーランディを付けましょう。自由に使ってください」

「えぇっと……」

アーランディとは、グノス男爵の披露宴で出会ったスライヴィーヤ伯爵の息子。

印象は悪くなかったし、よく知らない娘が送られてくるよりは余程安心できるのだが――。

「あ、 体(てい) の良い監視役だと思いましたか?」

「――っ、い、いえ」

図星を指されて俺は慌てて否定するが、スライヴィーヤ伯爵は平然と頷く。

「はい。その通りです」

「えぇ!?」

「もっとも、広範囲に影響が大きい事柄でなければ、口出しすることはありません。アーランディに報酬を払う必要はないので、便利な雑用係として使い倒してください。ただし、アルトリア嬢のように冒険に同行することはできませんが。アーランディでは足手纏いでしょうし」

「影響の大きい事柄、とは……?」

正直、貴族としての教育を受けているであろうアーランディに手助けしてもらえるのは、かなり助かる。しかし、俺たちとは感覚が異なる彼に、運営の主導権を握られるのは困る。

慎重に尋ねた俺に対し、スライヴィーヤ伯爵は軽く微笑む。

「ダンジョンの権利を譲るとか、塩の専売契約を結ぶとか、そういったことですね。その場合は私に相談してください。他よりも有利な条件を提示します」

「……そのあたりですか」

あそこで領地を運営していくなら、ダンジョンの権利を譲ることはまずあり得ない。

現状で貿易に使えそうな産品は、ダンジョンで採れる物ぐらいなのだから。

塩については、そもそも戦略的に重要な物質というだけで、事業化の見込みはほぼない。

『専売契約』といっても形だけ、実質的な効果が果たしてどれだけあるのか。

そう思ったのは俺だけではないようで、リアが訝しげに口を挟む。

「伯爵、『塩』という手札をエルフの貴族で確保しておきたい、という気持ちは理解できますが、聞けば塩が取れるのはダンジョンの深い場所。交渉材料として効果がありますか?」

「そうですね。私の持つ大まかな情報だけでも、普通なら商売にすることは難しいでしょう」

「なら、どうして――」

リアの懸念にスライヴィーヤ伯爵は頷いて同意するが、リアの言葉を遮るように続けた。

「ですが、私の領地は優秀な魔法使いや錬金術師を抱えています。初期投資を政治的な投資と考えて無視すれば、採算を取ることは可能でしょう。その気があれば相談してください」

政治的な投資……?

あぁ、そうか。ある意味では兵器開発みたいなものなのか。

元の世界でも兵器の開発には莫大なコストが掛かったが、作った兵器を売って利益を出すというより、それを持つことによる安全保障というメリットの方に重きが置かれていた。

売却益は副次的なものであり、製造コストより高く売れればそれで良し。

初期投資を回収できなかったとしても、十分に価値があるという考え方なのだろう。

「理解しました。その場合にはお願いします」

「えぇ。任せてください。塩の産地の多角化は、国益にもなりますからね」

その代わり、敵も作りそうで少し怖いのだが……。

製塩事業に手を出すとしたら、事前調査と根回しはしておいた方が良いだろうなぁ。

スライヴィーヤ伯爵とマーモント侯爵の後ろ盾があったとしても、頼り切りはマズいし。

「あと、もう一点。マジックバッグの製造は問題ありませんか?」

以前調べて知ったのだが、マジックバッグの主要な生産地がスライヴィーヤ伯爵領だった。

時空魔法の難しさを考えると、エルフの多いスライヴィーヤ伯爵領が産地となるのは必然だが、俺たちがマジックバッグ販売に手を出すと、スライヴィーヤと競合してしまうわけで。

それもあって尋ねてみたのだが、彼は微笑んで首を振る。

「相場通りの価格で販売するのであれば、まったく問題ありません」

「そうなのですか? 後ろ盾がなければ売らない方が良いとは聞いたのですが」

「それはその通りです。当家はともかく、普通の貴族からすればマジックバッグを作れる術者は金の卵を産むガチョウ。強引な手口で囲い込まれることは十分に考えられます」

皮肉な笑みで「自由もなくマジックバッグばかり作らされる、なんてことは嫌でしょう?」と付け加えたスライヴィーヤ伯爵に、俺たちは無言で頷く。

基本的には奴隷が認められていないレーニアム王国だが、実質的な奴隷は存在する。

それは借金の 形(かた) や刑罰として強制的に働かせるもので、言うなれば借金奴隷や犯罪奴隷。

普通なら借金や犯罪をしなければ良いだけなのだが、封建制度の下では領主の胸三寸で白も黒くなる。ただの平民を犯罪者に仕立てるなど簡単なことであり、そう単純な話ではないのだ。

「また、当家との競合ということであれば、そちらも気にする必要はありません。常に品薄なので売り先に困ることはありませんし……マジックバッグは消耗品ですからね」

「消耗品、ですか?」

「えぇ。戦場に持ち込んで矢の一本でも刺されば終わりですし、荷物を入れて普通に持ち運んでいても、そのうち 草臥(くたび) れて穴が開きます。簡単に補修できるものではありませんから」

バッグが消耗品というイメージはなかったが、言われてみれば納得である。

普通のバッグではないので、当て布で穴を塞いだところで性能は戻らないし、マジックバッグが壊れれば中の荷物が溢れ出すという性質上、ギリギリまで使い倒すことも難しい。

そう考えれば、俺たちが多少売りに出したところで、大した影響はないのだろう。

「あぁ、でも、一度に大量販売する場合は相談してください。当家で買い上げますので」

元々の流通量が少ないので、一気に流されると相場が荒れる。

そう説明されて『なるほど』と思ったのだが、そこに口を挟んだのはリアだった。

「スライヴィーヤ伯爵、ご安心ください。その場合はマーモント侯爵家で買い取ります」

「おや? 普段からマジックバッグを扱っている当家の方が、販路も多いと思いますよ?」

「いえいえ。先ほど伯爵が仰ったように、マジックバッグはかなりの品薄。当家の身内だけで十分に捌けるでしょう。むしろ、もう少し手に入りやすければありがたいのですが?」

マーモント侯爵家ほどの大貴族でも、マジックバッグは簡単には手に入らないのだろう。

リアが多少非難混じりに言葉を返すが、スライヴィーヤ伯爵は笑顔でそれを躱す。

「私は領民を大切にしています。特別な技能を持っているからと無理に働かせることなど、とてもとても……。もしマジックバッグの販売先に困るようであれば、声を掛けてください」

「えぇ、そのときには。ないと思いますけどね?」

う~む、スライヴィーヤ伯爵家とマーモント侯爵家、友好関係にあるはずなんだが。

笑顔で会話を交わしていても、言葉に牽制を混ぜる。

なるほど、これが貴族かぁ……。