作品タイトル不明
■7.ヴァルディ、我に返る
衣装棚の奥に眠っていた妙に可愛い羊の着ぐるみパジャマ(もこもこスリッパ付き)を引っ張りだし、脱衣所に運んでおく。
その際、いくら脆弱な人間だからって風呂如きで溺れやしないよなと一瞬不安になってしまい、そっと浴室に耳を澄ませてみたら、扉の向こうから「牢屋いいとこ一度はおいで♪ 美味しいご飯♪ おっきいお風呂♪」という平和な牢屋賛歌が聞こえてきた。満喫しているらしい。
ヴァルディは「呑気な奴」と笑い、安心して脱衣所を後にし、ゆるゆるに緩んだ表情で再びベッドに寝そべった。
「全く、捕虜というのは世話が焼け……」
そこでようやく我に返った。
「いやなんで俺は捕虜の世話を焼いてるんだ。おかしいだろ」
今度はカッと目を見開いて勢いよく起き上がり、ベッドの上で胡座を掻き、冷静に我が身を振り返ってみる。
ヴァルディの当初の計画では、魔界に喧嘩を売るという愚行を犯した思い上がった聖女を、散々虐めて土下座させる予定だった。
その後のことは、実はあんまり考えていなかったが、まあ聖女を改心させた後は下僕として目一杯こき使おうかな、くらいのふんわりした案はあった。
しかし現在、実際にあくせく働いているのはヴァルディのほうである。
なぜだ。もちろん「思い上がった聖女」という大前提が崩れてしまったので虐める理由が消えたというのはあるが、それでもこんな風にせっせと世話を焼いてやる必要があるだろうか。否である。それなのに、なぜ。
捕らえた聖女の目があまりに死んでいたものだから、つい温かい飲み物を出してしまい、つい励ましてしまい、つい自宅に連れ帰ってお腹いっぱい食べさせてしまい、つい客室を提供する流れになってしまったが、そもそも優しくしてやる義理などないはずだ。
そうだ。人間の世話を焼くなどごめんである。
ヴァルディは人間なんて、大嫌いなのだから。
――それなのに、シェリネに「もうお前に用はないから帰っていいぞ」と告げるのは、どうにも気が進まなかった。
なぜだ。分からない。自分は用なしだと泣いていたシェリネを励ましたのが、他ならぬヴァルディだからか。でもあれは、なんとなくだ。そう、なんとなく。べそべそと泣く彼女を見ていられなくて、つい。
また「つい」だ。なぜそう思うのか、自分でも分からない。
数々の「つい」の理由を掘り下げてみても、どれも「そう思ったから」以上の理由を掘り下げられなかった。
「あー! もう! 分からん!」
ヴァルディは自分で自分の気持ちが分からず、頭を抱えて唸ったが。
「お風呂ありがとうございました、ヴァルディさん。おかげで私は今日も聖女です!」
もこもこ羊パジャマ姿で、ほこほこ風呂上がりの顔を上気させ、にこにこお礼を言ってくるシェリネを見た瞬間、「なぜ」も「分からない」も、全部どうでもよくなった。
「風呂上がりのアイス食う?」
「神……!」
だから、つい彼女を喜ばせるような言葉が出たことも、今はどうでもよかった。
「えっ、ヴァルディさんって、羊の魔族じゃなかったんですか……?」
「だから羊じゃない! 俺のどこ見てあんなふわふわ動物だと判定したんだよお前は」
数時間前まで地下牢の床でこぢんまりと横転していたシェリネは、美味しいご飯と温かいお風呂で、見違えるように元気になった。
「す、すみません。くるんとした角をされているので、てっきり……。それに用意していただいた着替えも、羊要素満載だったので……」
「角だけじゃなくて尻尾も見ろ。鱗あるだろうが。硬そうだろうが。ふわふわの対極だろうが」
「た、確かに!」
「あとその服は枕投げ大会の賞ひ……魔界における捕虜への一般的な支給品が、偶々そういうデザインなだけだ。気にするな」
「魔界は捕虜への支給品もお洒落なんですね……!」
長椅子にヴァルディと並んで腰掛けるシェリネは、驚いたり謝ったり感動したりと忙しない。今は聖女の衣装も纏っておらず(洗濯中)、威厳からほど遠い着ぐるみ羊パジャマ姿であるため、余計に溌剌として見えた。
それでも最初に感じた「脆そう」という印象に変わりはないし、むしろ彼女に対する奇妙な心地――あまりに脆弱な存在に対する憐憫だとヴァルディは推測している――は、強くなっている気がするが、ともあれシェリネが元気そうにしているのは、なんだか喜ばしい気分である。