作品タイトル不明
■6.聖女を独房に案内してやった
「あの、ヴァルディさん。私は牢屋にいなくても大丈夫なのでしょうか? 私を捕虜にしたヤバい魔族の方……ヴァルディさんの上司さん? に、怒られませんか? そもそもここ、どこですか?」
「えっ、あー、いやー」
不安そうな顔で問われ、ヴァルディは視線を彷徨わせた。
「な、何を馬鹿なことを言ってるんだ。ここが牢屋だ。さっきまでお前がいた場所は待合室だ。俺は上司の命に従い、捕虜であるお前を正しく牢屋に移送したんだ」
「えっ、ここが牢屋? てっきり先程の場所が牢屋かと……そもそも牢屋に待合室って概念ありましたっけ?」
純粋無垢な瞳で小首を傾げるシェリネを前に、俺がお前を虐めようとしていた魔族です、先程の場所が間違いなく牢屋です、ここは俺の自宅の居間です、という事実をとても口にできなかったヴァルディは、内心の焦りを隠しつつ、尊大に腕を組み顎を上げる。
「ま、全く、人間は常識がなくて困る。魔界の牢屋はこういう感じが普通なんだ。魔族の文化ではこれが常識だぞ」
ヴァルディは苦し紛れに大嘘をこいてみた。
「へえ、そうなんですね!」
シェリネは一切の疑念なく信じた。
魔族の文化ではこれが常識、という最強の言葉をヴァルディが手に入れた瞬間である。
「今から客室に案内してやる。ひとまず今日はそこで寝ろ」
「客室」
「ま、魔界では独房のことをお洒落に客室と呼ぶんだ。魔族の文化ではこれが常識だぞ」
それからヴァルディは、確実に独房ではない広々とした客室にシェリネを連れていったが、彼女は「魔族の文化ではこれが常識」の一言で全てを受け入れた様子だったので何も問題は発生しなかった。
「わあ、ふかふかのベッドだあ。絨毯もふかふかだあ。魔界の牢屋ってすごいんですね!」
普段は自宅に客など泊めないヴァルディにとって、客室というのは魔王にこの家をもらった時からなんとなく存在しているだけの用途不明の部屋だったが、シェリネが喜ぶ様子を見た瞬間、自宅に客室があってよかったと心から思った。未使用の部屋も律儀に掃除してくれていた魔王城の掃除係にも感謝である。
客室の次は、「あとで風呂に入れてやる」という約束を果たすべく、浴室に案内した。
これも明らかに牢屋の設備ではない立派な浴室だったが、すでに魔界の牢屋はすごいという先入観を持ってしまった彼女は、もはや素直に「広くて豪華ですごいなあ」と感嘆しているのみである。
「脱いだ服はこの籠に入れておけ。あとで魔王城の洗濯係が回収しに来るから。次の日には洗濯済みの状態で届く。なお柔軟剤の香りは選べない。タオルはあの棚に積んであるのを好きに使え。着替えはあとで適当な服をそこに置いとく。浴槽の湯を沸かすからちょっと待ってろ。沸いた。この湯加減でいいか。あ、入浴剤はお花畑の香りと古戦場の香り、どっちがいい?」
「はい! 分かりました! ありがとうございます! いい湯加減です! お花畑でお願いします!」
ヴァルディはてきぱきと指示を出したり、水を満たした浴槽に炎を纏った腕を突っ込み湯を沸かしたり(所要時間二秒)、魔王城のビンゴ大会で当てた入浴剤を出してきたり、忙しなく動いた。
そして約束通りに風呂の許可をもらったシェリネが嬉々として「では、ひとっ風呂浴びてきます! 聖女の資格喪失の危機、回避です!」と浴室に消える姿を見送り、ようやく一息つく。
シェリネがいなくなると、途端に手持ち無沙汰になってしまった。特にすることもないヴァルディは、ひとまず客室に戻ってシェリネを待つことにする。
泣いている人間を励ましたり、手料理を振る舞ったり、入浴準備をしてやったり。慣れないことをして、どっと疲れた気分である。ひとりで数千の敵を相手にした後だって平気で動き回れたのに、聖女たった一名の相手がこうも大変だとは。
疲れ切ったヴァルディは、客室の上等なベッドに倒れ込んだ。
地下牢で椅子代わりに使ったベッドとは、大きさも寝心地の良さも段違いな客室のベッドである。倒れ込んだらすぐに睡魔が襲ってきた。
「全く、捕虜というのは世話が焼ける……」
……あ、着替えを用意してやらないと。でも俺の服だとシェリネには大きいかな。それに尻尾用の穴が開いてるから人間には不便か。何かシェリネでも着れそうな服あったかな。そういや去年の枕投げ大会の優勝賞品にもらって一度も使ってない最高級パジャマがあったな。変なデザインだけど着心地はいいはずだし。尻尾用の穴も開いてなかったし。大きさもシェリネに丁度良さそうだし。うん、そうしよう。
使命感が睡魔に打ち勝ってしまったヴァルディは、ベッドに沈めていた身をもそもそと起こした。