作品タイトル不明
■21.ヴァルディ、崩れ落ちる
「なあシェリネ。ピトフィとオールワークスを見て、どう思った?」
「えーと、踊り子さんとメイドさんだなあ、と思いました」
「いやそれはそうだけど。確かにあの格好見たらそれ以外の感想出ねえけど」
質問の仕方が悪かったと反省したが、しかしこの反応を見る限り、直截な聞き方に変えたとて、答えは分かりきっている気がする。
「はあ……シェリネは魔族を怖がらないよな……」
なので、次に口を突いて出たのは質問ではなく、ただの感想になった。しかし、質問でなくとも口にした以上、その呆れた調子の言葉はちゃんとシェリネの耳に届いたらしい。
彼女は照れた笑みで、ヴァルディを見た。
「だって私の最初の魔族が、ヴァルディさんでしたから」
「……」
「だから思ったんです。まだ見ぬ他の魔族の方も、きっとみんな、ヴァルディさんみたいに優しいんだろうなって」
「……っ」
ヴァルディは頭に血が上った。
いや逆上したわけではない。怒りとは全く無縁の心境である。でも血が上ったとしか言えない感覚だった。だって顔が熱い。発火するかもしれない。
「それに」
こちらを不可解な激情に叩き込んだ張本人とは思えないくらい、耳に柔らかく、心地好く響く、シェリネの声。
ヴァルディは呼吸さえ忘れて、言葉の続きを待ち。
「――牢屋が豪華で食事は絶品で支給品のパジャマまでお洒落、捕虜の待遇がこんなに手厚いのが常識だなんて、魔族は全員いい人に決まっているじゃないですか……!」
拳を握って熱弁された内容に、一瞬で遠い目になった。
「私は確信しました。野蛮だ残虐だといった人間界隈での評判が誤りで、本当の魔族の皆さんは、捕虜にさえ心を砕くとても温かな方々なのだと!」
何を期待していたと聞かれると自分でも不明だが、ともかく己が教えてきた各種大嘘のせいで、シェリネの魔族全体に対する好感度を爆上げしてしまったことが判明し、ヴァルディは色々と居たたまれなくなった。
「そ、そうか……」
「はい!」
背後にでかでかと「尊敬!」の文字を背負って感動しているシェリネに、それが概ねヴァルディが与えた誤解に基づく魔界観であるとは、とても言い出せなかった。目線が遠いところから戻って来れない。
だがまあ、シェリネが魔族を怖がらない理由は分かったし、魔界で心穏やかに暮らしていくには都合のいい心構えであるし、それならそれでいいか、と気持ちを立て直しかけたところで。
「あ。でも怖いなって思う魔族の方が、実はひとりだけいます」
シェリネが熱弁一転、しょぼんと眉を下げて付け加えた言葉で、ヴァルディは小首を傾げた。
現時点で彼女が実際に接した魔族は、ヴァルディ、ピトフィ、オールワークス以外いないはずだ。目撃されていないカルドロは計上しなくていいし、一体誰のことだろうか。
「そいつって?」
「フロギア王国の数千の兵士をたったひとりで皆殺しにし、私を虐めまくると宣言した上で捕虜に要求した、ヴァルディさんの上司である炎の魔族です」
「おぐぅっ」
ヴァルディは膝から崩れ落ちた。
すっかり存在を忘れていた架空の上司経由での拒絶という不意打ち。ヴァルディは精神を深く抉られ、片膝を突いたまま立ち上がれない。
なお、ヴァルディに膝を突かせた人間はシェリネが史上初なのだが、そんな偉業を成し遂げたことなど知らない彼女は「えええ大丈夫ですかっ!?」と慌てて屈み込んできた。
「どうしました? どこか痛いんですか? ど、どうすれば」
「いや、あの、大丈夫だから」
「はっ、狼狽えてる場合じゃない、歌わなきゃ! 大丈夫ですよヴァルディさん、私がついてます、頭痛でも腹痛でもこむらがえりでも、必ず癒やしてみせます!」
「いや、だから、どれでもな」
「原因不明なんですね、こんな時は応急処置のあれを! それでは聞いてください。曲名、『痛いの痛いの……』」
「いや歌わなくていい! ちょっと屈伸運動しただけだから!」
動揺しつつも懸命に聖女の力を無駄撃ちしようとするシェリネを制し、ヴァルディはよろよろと立ち上がった。