作品タイトル不明
■19.半額券とオムライス券をもらう聖女
「ヴァルディさん、どうしたんだろう……」
ひとり「失恋岩」に取り残されたシェリネは、ヴァルディが「見られてる」と呟くや、すごい速さで飛んでいった方角を見つめた。
遠くにある背の高い岩に着地したようだが、何をしているのかは分からない。
「お邪魔するわぁ」「お邪魔します」
「!」
驚いて振り向くと、見知らぬ人物がふたり、いつの間にか背後に立っていた。
ひとりは踊り子の衣装を着た、シェリネより少し年上くらいの、気怠げな淑女。
もうひとりはメイド服を着た、シェリネより少し年下くらいの、無表情な少女。
突如現れた気怠げ踊り子と無表情メイドに、シェリネはぽかんとした。
「初めましてぇ。アタシはピトフィ。ただの通りすがりの猛毒鳥よぉ」
「初めまして。わたくしオールワークスと申します。同じく通りすがりの鉱石鬼です」
「あっ、これはこれはご丁寧に……」
猛毒鳥と鉱石鬼。なかなか物騒な名称、そしてここは魔界、つまり彼女たちは魔族なのだろう、とシェリネは認識した。
魔界に来て以来、ヴァルディ以外の魔族との初めての対面である。一瞬緊張したが、「ただの通りすがりなのに、見知らぬ私に声を掛けて自己紹介までしてくれるなんて、すごく気さくな方々なんだなあ」と爆速で警戒を解いたシェリネは、丁寧なお辞儀を返した。
「初めまして。私はシェリネです。お花見中の人間です」
「あら」「おや」
踊り子姿の魔族・ピトフィと、メイド姿の魔族・オールワークスは顔を見合わせ、ひそひそと言葉を交わした。
「なんか思ってた聖女像と違うわねぇ。少なくとも肉食系ではなさそうっていうかぁ」
「同意。『魔族滅ぼすべし』と戦端を開いた好戦的な性格にはとても見えません」
ひそひそ話をする魔族二名の様子に、魔王城の敷地でただの人間が花見をしていたらそれは怪しむだろうと合点のいったシェリネは、慌てて付け加えた。
「えーと、怪しい者ではないんです! 人間かつ、聖女かつ、今はヴァルディさんの上司の方の捕虜をやっている者です!」
「ヴァルディの……」「上司……?」
不思議そうな顔で聞き返してくるふたりに、シェリネはこくこくと頷く。
「はい。今は捕虜の見張り番であるヴァルディさんの引率の元、魔界の捕虜の義務として、お花畑でピクニックをしているところでして。なので私は決して不審者ではなく……」
ピトフィとオールワークスは、再び顔を見合わせた。
「アタシ、ヴァルディのスタンス察しちゃったわぁ」
「引っ込みが付かなくなり架空の上司をでっち上げたものと推測」
「これは面白案件だわぁ」
「話を合わせてあげるのが同僚の優しさ」
「ヴァルディってば聖女サマの前で猫を被りまくってるみたいねぇ」
「ぜひその関係に至った経緯を捕虜様に根掘り葉掘り聞いてみたい所存」
素早く密談を終えたピトフィとオールワークスは力強く頷き合い、再びシェリネに向き合った。
「よろしくねぇ、聖女サマ。シェリネちゃん呼びすると理不尽な目に遭う予感がビシバシするからアナタのことは聖女サマって呼ぶけど、アタシのことはどうぞ気軽に『ピトフィ姐さん』って呼んでちょうだいねぇ。お近づきの印に、毒殺したい相手がいれば初回割引で請け負ってあげるわぁ」
にこっと微笑んで割引券を差し出すピトフィに、シェリネは「なんて友好的な魔族だろうか」と感動し、笑顔で券を受け取った。
「はい、ピトフィ姐さん! たぶん初回割引を使う日は来ないですが、お気持ちは嬉しいです!」
続いて、オールワークスがシェリネに券を差し出した。
「以後お見知りおきを、捕虜様。右に同じ理由で今後も捕虜様とお呼びしますが、わたくしのことは気楽に『オールワークスちゃん』とお呼びください。もえもえきゅんきゅんオムライスの修行をしたくなったら、いつでもお声がけを。こちらお試し修行券です」
無表情にして平坦な声ではあるが、ピトフィと同じく友好的な空気なので、やはりシェリネは笑顔で券を受け取った。
「はい、オールワークスちゃん! 最後ちょっと何を言っているのか分からなかったんですけれど、その際は頼らせていただきますね!」
「素直な子ねぇ、嫌いじゃないわぁ。今夜飲みに行かなぁい?」
「メイドへの転職にご興味はありますか。メイド服はこちらのパターンBで」
三人で和気藹々としていたら、「女子会ってなんだ! 女子会って!」というヴァルディの声が、頭上から降ってきた。