作品タイトル不明
■14.ピクニックは捕虜の義務
魔王への報告を終えたヴァルディは、帰宅してすぐにエプロンを着け、昼食の準備を始めた。
ヴァルディが玄関を開けるや、待ちきれなかったとばかりにシェリネが小走りで出迎えてきたからだ。よほどお腹が空いていたのだろう。早く食わせてやらないと可哀想だ。
なお、笑顔でおかえりなさいを言われた瞬間に謎の多幸感に見舞われたが、その謎を深く考えることはしなかった。
最近のヴァルディは、自分の感情に対する不明点を棚上げする習慣を身に付けたのだ。今は料理に集中である。
「昼飯を食いながら外出の件をさりげなく切り出そう。さりげなく」
強火にかけた丸底鍋をじゃこじゃこ振って野菜を炒めつつ、今日の花畑ピクニックの算段を付ける。捕虜を花畑へ連行する。当然の権利の行使である。うん。
「お待たせ」
ほこほこと湯気を立てる料理の数々を盆に載せ、シェリネが待つ居間に運んだ。
「今日は野菜の海鮮餡かけと、揚げ冬巻きと、玉子スープだ」
「最高神が日々更新されていくー……」
感動の面持ちで震えているシェリネの向かいに座り、ふたり同時に「いただきます」を言った。よし。さりげなく今日のおでかけを切り出すなら今だ。
「シェリネ」
「この長細いお料理が『揚げ冬巻き』ですか?」
「あ、ああ。そうだ。冬は首にマフラーを巻くだろ。これもくるくる巻いて作るから、冬巻きって名前が付いたんだ」
「へええ。可愛らしい由来の名前ですね」
「シェリ」
「あっ、中は具がぎっしり! なんて心憎い演出」
「シェ」
「海鮮餡かけでお米が進むー……最高神が再更新されるー……」
「……」
ヴァルディは今日も料理を絶賛されて嬉しい気持ち半分と、なかなか話題を切り出せないもどかしさ半分の難しい顔でシェリネを見つめてから、自分も大人しく食べ始めた。
食べつつも好機を狙うべく、シェリネの一挙手一投足に注意を払う。すると、彼女の箸使いが上達していることに気が付いた。
この前ヴァルディが魔王城の購買部で買ってきた箸(魔王城限定ロゴ入り)を、シェリネは若干たどたどしい手つきながら問題なく扱っている。彼女のいたフロギア王国には箸が存在しなかったようだが、使い方を教えたらすぐに覚えてくれ、今や滑りやすい餡掛けの具まで摘まめているではないか。後方で腕を組んでドヤ顔したい気持ちである。
「ヴァルディさんは本当にお料理が上手ですよね。お味が絶品なのは言わずもがな、多彩なお料理が出てくるので」
脳内での後方腕組みに忙しかったヴァルディは、外出に誘うという目的をすっかり失念していたため、今度は全面的に嬉しい気持ちで賛辞を受け取った。
「まあ別にこれくらい冷蔵庫の余り物でパパッと作れるし。料理の幅が広いのも普通のことだし。魔族の文化ではこれが常識だぞ」
今回の「魔族の文化ではこれが常識」は、珍しく嘘ではない。魔族の食文化は多様性を誇り、人間から見れば「多国籍料理」という感じなのだ。
朝食だけでもパン派、ご飯派、生き血派などが存在するし、飲み物も紅茶党、珈琲党、生き血党と幅広い。ちなみにヴァルディは朝パン派、気が向いた時は朝パンケーキ派に転向する。
「今日もヴァルディさんの普通がすごいです」
「ふん、褒めたって何も出ないからな。ご飯のおかわりいるか?」
「はい!」
いいお返事をしたシェリネの茶碗に炊きたてご飯をよそいつつ、ふと、ヴァルディは思ったことを口にした。
「そういやお前って、見た目の割にすげぇ食うよな」
「はぐぅっ」
シェリネは茶碗を受け取ったポーズのまま、強張った顔で固まってしまった。
ヴァルディの身近な女性たちは皆あまり食べない(と言っても一名は料理をつまみに酒至上主義、一名は食事云々よりも毒物を好み、一名は太陽光が動力源なので、一般女性の概念には当てはまらないかもしれない)ため、華奢なシェリネがもりもり食べる様が不思議だったのだが、聞いてはいけない話題だっただろうか。
「ちが、違うんです。決して私が食いしん坊なわけではないんです」
シェリネは片手に大盛りご飯、口元に米粒を付けた百点満点の食いしん坊スタイルで、必死に訴えてくる。
「食べた分だけオドに変換されるので! 聖女の仕様上、仕方がないというか!」
「……オド?」
「聖女の力を使う時の、えーと、燃料? でしょうか。力を使えば使うほど、体内のオドが消費されます」
「ふーん。魔族で言う魔力みたいなものか。俺も炎を使っ……何かしら頑張ると魔力が減るし」
そういえば以前に同僚から「人間も体内に魔力を持っているのだぞ。だが人間は魔力という名称を避けて、なんかお洒落な呼び方をしているのだぞ」という講釈を受けた気がする。それがオドか。
消費した魔力の補充方法は魔族により異なる。ヴァルディの場合は眠ることで自然に回復するが、シェリネの場合は食事で魔力、もといオドを賄えるのだろう。
「だからシェリネはよく食うと」
「はい! オドはある程度なら体内に貯蓄できますので、いざという時のためにご飯をたくさん食べてオドを蓄えておく備えが肝要と言え、つまりこれは聖女の宿命であり、先代聖女様が『汝、夜中は台所の警備がクソ手薄だから夜食用にハムとパンを楽に盗めるぜ?』と教えてくれたほどに食事は重要にして、決して欲望の赴くままにおかわりを所望しているわけではなく、世界一美味なヴァルディさんの手料理に理性を失ってうかうかと食の快楽に走っているわけではないんです!」
シェリネは長文で理由を述べてくれたが、「世界一美味なヴァルディさんの手料理」に意識を全て持って行かれた(真実の汲み取りとしては正解である)ヴァルディは、もうオド云々の話を忘れ、照れ照れとふんぞり返った。
「褒めたって何も出ないからな! 玉子スープのおかわりしか!」
「ぜひいただきます!」
こうしてヴァルディは今日も楽しくシェリネとの昼食を終え、いや終える前に何かしなきゃいけなかったようなと引っかかりを覚え、すぐに思い出した。
向かいを見れば、シェリネは至福の表情で満腹の余韻に浸っている。今だ。
「シェリネ。今から出かけるぞ」
「分かりました。留守番はお任せください」
「違う。お前も行くんだ」
「えっ、どこへ?」
「……き、綺麗な花畑が、あるので、そこまで」
「私、捕虜なのに牢屋を出ちゃっていいんですか?」
目を丸くするシェリネに、ヴァルディはキリッと凜々しい顔を作り、お決まりの嘘を口にした。
「捕虜には息抜きのための定期的なピクニックが義務付けられているんだ。魔族の文化ではこれが常識だぞ」