軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■13.聖女は彼のために祈る

「今日もヴァルディさんが健康でありますように」

日課の聖女体操第二を終えたシェリネは、ヴァルディが出かけていった玄関に向かってお祈りを始めた。

見張りが職業のヴァルディだが、ちょいちょい監視対象であるシェリネを留守番させて、家を空けることがある。今朝も「魔王に呼び出されたから行ってくる」と、心底面倒くさそうな顔で出ていった。

魔界の王様に呼び出されるなんて、只事ではないだろう。

おそらく、ヴァルディの見張り番としてのあまりに真面目で勤勉な仕事振りに感激した魔王が、直接ヴァルディを褒めるために呼び出したのではないか……とシェリネは推測している。

「ヴァルディさんがたくさん褒められますように」

シェリネは神殿に引き籠もっていた自分が、そこそこ世間知らずだという自覚があった。だが、聖女の奇跡を受けに訪れる信者たちが外の話をたくさん聞かせてくれるので、多少の常識は知っているとも自負している。

「ヴァルディさんの基本給が上がりますように、年次有給休暇が増えますように、特別手当が付きますように」

ゆえに、世間的に「上長に褒められるともらえるもの」もしっかり心得ている自信があるシェリネは、ヴァルディのためにそれらをお祈りした。年末年始は有給と別枠で特別休暇が付与されますように。

「よし!」

お祈りを終えたシェリネは玄関を後にし、独房に戻った。

ふわふわのクッションを据えた椅子に座り、途中だった編み物を再開する。別に命じられた作業ではなく、手持ち無沙汰なので始めた娯楽である。

ヴァルディ不在時、シェリネは基本的に暇なのだ。

魔界に来る前は、てっきり捕虜は馬車馬の如く働かされるものと考えていたのだが、今のところ強制労働なるものは課されていない。

洗濯は魔王城にいる専門の従業員が担う。洗いたい物を専用の籠に入れておけば知らぬ間に消えており、翌朝にはきちんと畳んだ状態で運ばれてくる。

掃除も同様で、部屋に人がいない間にこっそり済まされている。シェリネは一度だけ、掃除道具を抱えて窓から撤収していく謎の生物たち(小さくて丸みがあってやけに可愛い)を目撃したことがあるが、詳細は依然として不明だ。

料理はヴァルディが毎日作ってくれる。ことごとく美味しい。多彩なレパートリーは毎度こちらを感動させて飽きることがない。

何より、神殿では毎日ひとりで寂しく食事をしていたシェリネには、ふたりで食卓を囲むこと自体がとても楽しい。

皿洗いも最近までヴァルディだったが、これはシェリネの担当にしてもらった。

初日は立候補しておきながら実は皿洗い経験がないことを悟られぬよう、努めて凜々しい顔で挑み、危なっかしい手つきのせいで未経験者だと即刻バレてしまい、早々に担当を外されかけるも、「私まだやれます! やらせてください!」と懇願して事なきを得、昨日からようやくヴァルディの監督なしで皿洗いを任せてもらえるようになったのだ。

というわけで現状、労働らしい労働は皿洗いだけであり、あとは自由時間だ。捕虜とは思えない時間配分である。魔界すごい。

しかしシェリネは、この平和で暇な日々が永遠ではないのだと知っている。

今の生活は、聖女を嬲り痛めつけ泣かせるために捕虜にしたヴァルディの上司が、急に入ったらしい出張から戻ってくるまでの、束の間の平和なのだから。

いずれヴァルディの上司は帰ってくる。そうすればシェリネはタケノコ掘りである。上司不在の間は面倒を見ると言っていたヴァルディとも、離れ離れになるだろう。

ヴァルディとのお別れの日を考えるだけで、胸に灯った温かな火が消えてしまう心地がする。

それでもヴァルディの上司を煩わせてヴァルディに迷惑を掛けることはしたくないので、その日が来れば大人しく、ワニとの競泳や雪中空気椅子に身を投じる所存だ。

だから、せめて。

その時が来るまでは、束の間の平和を謳歌したい。

願わくば、一日でも長く、この幸福な日々が続きますように。

祈りを込めて、シェリネはせっせと手芸に励む。作っているのは羊のあみぐるみだ。

黒い毛糸を編み、目には赤いビーズを縫い付け、くるんと巻いた可愛い角も再現。名前が「ヴァルディさん2号」であることは内緒である。

作業に勤しんでいたら、カランカランと玄関の鈴が鳴る音がして、シェリネはパッと視線を上げた。続く「ただいま」の声を聞いただけで、嬉しくて顔が綻ぶ。

シェリネは完成間近のヴァルディさん2号をベッドの上にそっと安置し、足早に玄関へ向かった。

「おかえりなさい、ヴァルディさん!」