作品タイトル不明
■12.囚われの聖女は今
一方その頃、囚われの聖女は。
「それでは今日も張り切って! 聖女体操、第二!」
めちゃくちゃ元気に捕虜生活を満喫していた。
シェリネが戦争の責任者として人身御供的に魔界へ送り出され、はや一ヶ月。
待合室(地下牢風味)から牢屋(中庭付きの一軒家)に移送されて以降、一度も外に出してもらえていない。いわゆる監禁状態である。
だが、シェリネにとって閉じ込められること自体は、特に苦痛ではなかった。
元より神殿から自由に出られず、あらゆる行動を制限される日々を送っていたのだ。牢屋に監禁される生活が始まったとて、正直今までと大差はない。
否、ただの見張り番にして、すごく優しくて、とても親切で、聖女もびっくりな慈愛の持ち主である魔族・ヴァルディの監視の下で送る牢屋暮らしは、虜囚への扱いとは思えないほどの手厚い待遇のものであり、神殿暮らしに比べて格段に幸福度が上がったとすら言えた。
その上、捕虜になって早々に「ここは俺の家だから自由に歩き回っていいし、家から出ない限りは好きに過ごしていいぞ」という許可すらもらったので、幸福度どころか自由度も爆上がりしている。
幸せで自由な捕虜。
魔族の文化ではこれが常識らしい。魔界すごい。
なお、シェリネは先述の許可をもらった際に、「俺の家」という表現に疑問を呈したのだが、ヴァルディからは「えっ、あー、あれだ、ここは正しく牢屋であり、つまり牢屋の見張り番である俺の職場なわけだが、俺の自宅でもあるんだ。そう、職住一体ってやつだな。自宅が職場なら通勤の手間が省けて合理的だろ? 魔族の文化ではこれが常識だぞ」と、丁寧な回答をいただいた次第である。
その説明に、シェリネは深く納得したものだ。
確かにヴァルディの職務内容を考えれば、監督対象である捕虜と一緒に住んでいるほうが何かと楽だろう、と。
そう。ヴァルディは見張り番という役職名ではあるが、その職務内容は単なる見張りの域を遥かに逸脱し、心を尽くして捕虜の世話を焼いてくれているのだ。
たとえば、目覚めの時。
独房(魔界流にお洒落な呼び方をすると客室)の広いベッドで寝ているシェリネを、「起きろ。朝だぞ。そろそろ朝食ができるから居間に来い。今日は豆のスープとオムレツと葡萄とパンケーキだ」と、目覚めた瞬間から幸せになる言葉で起こしにきてくれる。
そして「脱いだパジャマはちゃんと籠に入れておけよ。でないと洗濯係が持って行ってくれないからな」と親切な助言を残して去って行く。
たとえば、朝食の席。
シェリネが本日の朝食に思いを馳せつつ、顔を洗い口を漱ぎ聖女体操第一をこなし洗濯されたての聖衣に着替え朝のお祈りを終えて居間に向かうと、エプロン姿のヴァルディが「パンケーキは何枚焼く?」と、この世で最も嬉しい部類の質問で迎えてくれる。
そして「お前の部屋から聞こえきた変な掛け声って何? 聖女体操第一? へえ、朝用なんだ。第二は昼。ふーん。第四まであるんだ。多いな」などなど、楽しくお喋りをしながら一緒に食事をする。
昼は昼で、夜は夜で。次の日も、次の次も。
ヴァルディは「おいシェリネ」「なあシェリネ」「お前用の箸を買ってきてやったぞシェリネ」「えっ箸の存在を知らないのかシェリネ」「持ち方はこうだぞシェリネ」「俺は箸で煮豆も摘まめるぞシェリネ」「褒めたっておかわりしか出ないからなシェリネ」「でも今日はたまたまそういう気分だからデザートも出してやるぞシェリネ」と、ことあるごとにシェリネを気遣ってくれた。
それが単に職務に基づく行動なのだとは、シェリネもちゃんと弁えている。自宅を職場にするほど仕事熱心な彼なのだ。仕事だからシェリネの面倒を見ているのだと本人も言っていた。
それでも、ヴァルディが溢れんばかりの優しさの持ち主であることに変わりはないと、シェリネは断言できる。
最初は神かと思った。否定され、次は羊の魔族かなと思った。それも否定され、本人が火竜だと教えてくれた。
火竜。その名に反して火炎とは無縁の魔族らしいが、ヴァルディが火竜ということには納得しかなかった。
だって、あんなにも温かな心の持ち主なのだから。
彼のことを考えると、それだけで胸に火が灯るような心地がするのだから。