作品タイトル不明
■10.哀れな捕虜の初日が終わる
こうして、魔族に嬲られる哀れな捕虜として送り出されたはずの聖女の初日は、香り高い紅茶で始まり、美味しいご飯と温かいお風呂を経由して、柔らかいベッドで終わることになった。
やたら大きいベッドの端に、ちんまりと遠慮がちに収まったシェリネが、傍らの椅子に座るヴァルディに語りかけてくる。
「魔界の歯磨き粉って……苺味なんですね……」
「だって苦い歯磨き粉とか口に入れる気しないだろ。他にメロン味もある」
「魔界すごい……」
シェリネは非常に眠たそうにしつつも喋り続ける。ヴァルディが部屋を出てしまうのを名残惜しんでいるらしい。
それは特別な好意でもなんでもなく、単に魔界において現状唯一の知り合いとなった存在を頼る気持ちなのだろう。
ヴァルディはそう思いつつも、それでも不思議な喜ばしさを感じながら、シェリネが入眠するまでのお喋りに付き合った。
「捕虜なのに、こんなにふかふかのベッドで眠れるなんて……」
「当然だ。捕虜のベッドは床並の固さだと相場が決まっているからな。この部屋の床に合わせた結果だ」
「ここ、ふかふか絨毯ですものね……。あといただいた支給品のパジャマも、すごく着心地がよくて……」
「当然だ。捕虜のお前に相応しい、粗末な最高級パジャマだからな」
「粗末と最高級って同居できたんですね……」
「それが魔界だ」
「魔界すごい……」
「ほら、いい加減もう寝ろ。捕虜には毎日がっつり八時間睡眠を取る義務があるんだぞ」
「はい……おやすみなさい、ヴァルディさん……」
シェリネはおやすみの挨拶を言い終えるや、すぐに寝入ってしまった。よほど疲れていたらしい。
戦争の責任を被せられ捕虜として魔界に連行され牢屋で絶望していたら初対面の魔族に励まされ手料理が出てきてお風呂に入ってアイスも食べて歯磨き粉が苺味で温かい寝床に入ってと、情緒の忙しい一日を過ごしたのだ。無理もないだろう。
「……おやすみ、シェリネ」
魔族に囚われた人間とは思えないくらい、シェリネは幸せそうに眠っている。
ヴァルディはすぐには退室せず、ベッドの端に頬杖を突いて、しばらく彼女の寝顔を眺めた。
フロギア王国の兵士を皆殺しにしたヤバい魔族 (もちろんヴァルディ)との対面を恐れられ、架空の上司に従うただの牢屋の見張り番 (こっちもヴァルディ)が傍にいることを喜ばれるという、なんとも複雑な立場になってしまった我が身である。
いくらシェリネが驚異的な騙しやすさの持ち主とはいえ、両者が同一人物だとバレるのは時間の問題かもしれない。
だが、その難しい問題は一旦棚上げしておくとして、現状、ヴァルディはとても満たされた気分だった。
当初「フロギア王国の聖女様」に感じた苛立ちも、魔王に捕虜の許可を取った時の攻撃的な気持ちも、その後に牢屋で生じた罪悪感も困惑も、ベッドの上で頭を抱えて唸った懊悩も、とっくにどこかへ流れ去っている。
人間なんかに優しくする理由があるのかという自問にも、ちゃんと自答を用意した。
シェリネはヴァルディの捕虜である。所有者たるヴァルディには捕虜を好きに扱う権利がある。ただそれだけの単純な話なのだと。
食わせたいと思ったから、美味しい肉を食わせただけ。ちゃんとした場所で寝かせたいと思ったから、客室を用意しただけ。つまりは所有者として、当然の権利を行使しただけなのだと。
「優しくしてるわけじゃない。したいからしてるだけだ。虐めたい気分になれば虐めるし。報復だって容赦しないし」
有言実行とばかりに、人間の分際で火竜の尻尾を散々撫でてくれた報復として、眠るシェリネの頭にそっと手を伸ばした。さらさらとした銀髪に触れる。撫でようが指で梳こうが起きやしない。
完全に魔族を舐めきって爆睡をかます生意気な聖女に、ヴァルディは容赦なき報復を続ける。神殿で「ふん!」とふんぞり返る傲慢なシェリネを想像してみて、似合わなすぎて笑ってしまいながら。
その表情も、優しい手つきも、誰がどう見てもシェリネを慈しんでいる姿にしか見えないのだが、当のヴァルディにそんな自覚はない。
「シェリネは俺の捕虜だ。どうしようが俺の自由だ。だから好きにするだけだ」
聞く者のいない言い訳をして、ひとり頷く。
こうして、「聖女絶対泣かす」と言ってシェリネを捕虜にしたヴァルディは、その初期方針を「聖女お腹いっぱい食べさせて温かいベッドで寝かす」に大転換させたのだった。
あと転換ついでに、魔族に喧嘩を吹っ掛け聖女に全て押しつけた神殿の上層部各位の首を切り落とし、箱に詰めてシェリネに贈る方針も追加しておいた。