軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55話(番外編 帰路)

交渉を無事に終えた一行は、ゆっくりと王都へ向かっていた。

張り詰めていた空気はすでに消え、道中には穏やかな気持ちのいい風が吹いていた。

護衛の兵たちも、どこか肩の力が抜けた様子だった。

それでも、馬車の中には、まだ少し、静かな余韻が残っていた。

ーーーー

エミーは、窓の外に広がる雄大な大地を、感慨深く見つめていた。

それはあの日とは違う、穏やかな景色だった。

(……終わったのですね)

小さく息を吐く。

張り詰めていた緊張がようやくほどけていくのを感じる。

その時、緩やかに馬車の速度が落ち、静かに停止した。

(あら? どうしたのかしら。まだ休憩には早いはずだけれど)

エミーが不思議に思って顔を上げた瞬間だった。

コンコン、と馬車の扉が軽く叩かれる。

「はい」

扉が開くと、そこには前方の馬車に乗っているはずのライナーが立っていた。

「少しだけ、話がしたいのだが、よろしいか」

その言葉に、エミーは頷き、馬車を降りた。

そして、少し離れた場所へと歩き出す二人。

護衛は距離を取り、決して近づいてはこなかった。

ただそれだけで、この時間が特別なものだと分かる。

ーーーー

「……まずは、礼を言いたい」

ライナーはまっすぐに見つめてきた。

「あなたの助けがなければ、あの交渉は成立しなかった。少なくとも、あのような形で穏やかに終えることはできなかっただろう」

「そのようなことは決して」

エミーは軽く首を振る。

「わたくしは、ただ言葉を伝えたにすぎません」

「それは違う」

はっきりと、否定した。

「言葉というものは、使い方一つで人を深く傷つけることもあれば、怒りを鎮めることもできる」

真摯な目を向けられる。

「貴女は、私の意志を正確に汲み取り、最善の形に変えて届けてくれた。あれは、貴女にしかできなかったことだ」

一瞬、言葉に詰まる。

これほど真っ直ぐに評価されたことが、これまであっただろうか。

かつての王宮では、完璧であることこそが当然の務めだとされ、誰もその裏にあるわたくしの努力など、目も向けてくれなかった。

賞賛されることも、労われることもなく、ただ役目をこなし、学び続ける毎日。

そんな自分を、この方は今、一人の人間として真っすぐに肯定してくれている。

「……ありがとうございます。そう言っていただけると、ようやく自分を許せる気がいたします」

エミーは小さく息を吐き、過去の自分を振り返った。

「あの頃のわたくしは、この国の行く末を案じながらも、あのお二人……王妃様や殿下に何も言えず、ただ学んでいるだけでした」

下を向いて、哀しみの笑みを浮かべた。

「自分に何ができるのか、答えを出せずに悩み続けていたのです。あの廊下ですれ違った時も、きっと情けない顔をしていたのでしょうね」

(あの日のわたくしのこと、覚えていらっしゃるかしら?)

エミーは自嘲気味に微笑んだ。だが、その瞳の奥には、ほんのわずかな期待が滲んでいた。

「いいや、情けないなど。むしろその逆だ」

ライナーは当時の記憶を辿るように目を細める。

「苦悩し、葛藤しながらも、貴女はずっと一人きりで耐えていた。そのひたむきさが瞳に現れていたからこそ、私は貴女に目を奪われたのだ」

そう言って、ふと笑みを溢した。

「自分一人で抱え込み、戦っていたのは、貴女だけではなかったのだな」

そう語るライナーの眼差しは、限りなく優しかった。

「陛下……」

(やはり、この方もあの日のことを……わたくしと同じように、覚えていてくださったのだわ)

「これからは、一人で抱え込まなくていい。私が迷ったときは貴女に支えてほしいし、貴女が苦しいときは、私が一番に貴女を守る」

一瞬の間。

「私は貴女と、そんな関係を築いていきたいと思っている」

それは、まっすぐで、迷いのない言葉だった。

エミーは一瞬だけ視線を逸らし、そしてすぐに戻した。胸の鼓動が、先ほどまでとは違う意味で早まっているのを感じる。

「はい。わたくしも、及ばずながら、誠心誠意お支えいたします」

エミーは頭を下げた。そして、ほんのわずかに微笑む。

ライナーのひたむきで真摯な言葉を聞き、エミーはこれまでの努力が、今ここで初めて報われたのだとはっきりと感じていた。

「わたくし、今回のこのお役目をお引き受けできて、本当に良かったと思っております」

その言葉に、ライナーの表情がわずかに和らいだ。

そこには、先ほどまでとは違う、穏やかな空気が流れていた。ほんのわずかに、だけど確かに二人の距離が近づいたような、そんな気がした。

「……エミー。一つ、私からも願っていいだろうか」

ライナーが静かに彼女を見つめる。

「二人だけの時は、陛下ではなく、名で呼んでほしい。……ライナー、と」

エミーは驚きに目を瞬かせた。そして頬を染め、微笑んだ。

「……はい。ライナー様」

「私はいつからだろう、気づけば貴女をこうして名で呼んでいた。……嫌ではなかったろうか」

エミーは恥ずかしそうに下を向きながら首を振った。

「……いいえ。とても、嬉しく感じていました」

その言葉を聞いて、ライナーは安堵したように微笑んだ。

そんな二人の間を風が静かに吹き抜ける。

「寒くなってきた。そろそろ戻ろう」

「はい」

エミーは頷きながら歩き出す。その隣をライナーは守るように、彼女の歩調に合わせてゆっくりと馬車へと向かった。

ーーーー

その様子を、少し離れた場所から見ている人物がいた。

父エリックだった。腕を組み、静かに二人を見つめている。

「……どう思われますか」

隣に来た家臣が、小声で問う。

エリックは無言のまま、去りゆく娘の後ろ姿を見つめていた。そして厳しい眼差しがふっと緩んだ瞬間だった。

「どうやら、私が案じる必要はなさそうだな」

その声は穏やかで、そこには娘への確かな信頼と、どこか晴れやかな親心が込められていた。

ーーーー

やがて一行は再び動き出した。

王都へ向かって、新たな時代へ向かって。

そして、二人の距離もまた、動き始めていた。

それがどう変わっていくのか、今はまだ、誰も言葉にはしなかった。