作品タイトル不明
56話(番外編 周囲の反応)
王都に戻った日、その知らせは、瞬く間に広がった。
和平成立。
最初は皆、半信半疑だった。
しかも、戦わずにやり遂げたという事実。
たとえ小国であっても、屈することなく対等な未来を勝ち取った。
その紛れもない真実が、次第に現実として受け入れられ、やがて一つの確信へと変わっていく。
この国は確かに変わったのだと。
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王宮でもまた、その空気は明らかだった。
「ザクセン公爵……いえ、陛下はやはり……」
「戦わずに収めるとは、見事な手腕だ」
「そして、その交渉には……あの方が関わっていたとか」
ひそやかな声が、あちこちで囁かれる。
辺境伯令嬢エミー、彼女の存在がこの交渉を成功に導いたと。
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廊下を歩くエミーに、侍女たちが丁寧に頭を下げる。
以前とは明らかに違う態度だった。
「エミー様、本日はお時間よろしいでしょうか」
声をかけてきたのは、若い貴族令嬢だった。
「外国語について、ぜひご教示いただきたく……」
エミーは一瞬だけ目を瞬かせた。以前なら、あり得なかったことだ。
「……ええ、わたくしでよろしければ」
戸惑いながら、微笑んだ。
そんなエミーの仕草ひとつで、周囲の空気が和らぐ。
(……随分と変わりましたわね)
心の中で、そっと呟く。
しかし、それは 驕(おご) りではない。
ただ少しだけ、実感していた。自分の積み重ねてきたものが、ようやくここにきて、形になったのだと。
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その日、午後の王宮の中庭で穏やかな陽射しの中、エミーは一人、本を開いていた。
風がページを 捲(めく) る、そんな穏やかな時間を過ごしていたその時、背後から優しい声が聞こえた。
「ここにいたのか」
聞き慣れた声。振り向くと、そこにはライナーの姿があった。
「陛下」
エミーは立ち上がり、丁寧に一礼をした。
「また呼び方が、陛下に戻っている」
ライナーは、そう言って苦笑した。
「楽にしてくれ」
すぐにそう言われ、照れながら表情を緩めた。
そんなやり取りは以前と同じはずなのに何故か今は少しだけ距離が近く感じる。
「何を読んでいたんです」
ライナーがエミーの読んでいる本を見た。
「隣国の古い文献です」
「学ぶための読書ですか」
それはわずかに驚いたような声だった。
「はい」
エミーは静かに頷いた。
「今回の交渉で、まだ知らない表現もあると感じましたので」
彼女の向上心は、言葉だけではなく、その姿勢そのものだった。
ライナーは小さく息を吐く。
「……貴女は、本当に努力を惜しまない人なのだな」
「そのようなことは」
エミーは軽く首を振る。
「ただ、出来ることをしているだけです。それに……今は目的があって学べることが嬉しいのです」
「目的があって学べる、か。……貴女を見れば、それが義務ではなく、心からの願いなのだと分かる」
ライナーの口元に、柔らかな、だけどどこか独占欲の滲む笑みが浮かんだ。
「エミー、その学びは……国だけではなく……この私のためでもあると願うことは、いけないことかな?」
その時ふと、風が強く吹き、ページが大きく捲られた。
「あ……」
押さえようとしたその手に、ライナーの手が重なった。一瞬、時間が止まったかのような錯覚をした。
そしてすぐに、二人とも手を離した。
「……失礼した」
「い、いいえ、わたくしの方こそ」
ほんのわずかな動揺、それすらも不思議と心地よく感じられた。
(私のため、だなんて……。そんなふうに思ってくださるなんて、思ってもみませんでしたわ)
熱を帯びた頬を冷ますように、エミーはそっと手元の本を見つめ直す。
ライナーもまた、口にした言葉の重みに、我に帰り、少しだけ視線を泳がせた。
心地よい沈黙が二人の間に流れた。
それからライナーは決まり悪さを隠すように、バルコニーの外に広がる街へと視線を向けた。
「そういえば……最近の王都は、どうです。以前と比べ、少しは変わったかな?」
ライナーが話題を変えるように言った。
「はい」
エミーは微笑みながら答えた。
「とても、平和になったと感じます。皆が安心しているのが、自然と伝わってきます」
その言葉に、ライナーはどこか安堵した。
「……そうか」
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しばらく、言葉は続かず沈黙が落ちたが、不思議とそれさえ自然に感じられた。
黙ったまま、同じ景色を見ているだけで、十分だった。
「また、力を借りることになるかもしれない」
ふと、ライナーが言った。
「その時は、頼めるだろうか」
それは命令ではなく、願いに近い言葉だった。
「はい、喜んで。この国のため……ライナー様のため」
自然に出た言葉だが、迷いはなかった。
ライナーはその言葉を、先程の問いへの答えとして、嬉しさを、噛み締めるように聞いていた。
この時、二人の距離は、言葉にしなくても少しずつ、近づいていることを確信していた。
かつては廊下ですれ違うだけだった二人が、今は同じ空気を吸い、同じ未来を見つめている。
そんな変化を、二人はこれから先の未来へと繋がるものと感じていた。