軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

81話 声が聞こえた先で

異能【縁結びの団子】を手に入れてから、数週間後。

私達は再び、異能の捜索のために新しい土地へと足を踏み入れていた。

「さー! 今日はリネットの力を思いっきり確かめちゃうぞー!」

アイノウの弾む声が、崩落地に朗らかに響き渡る。

足元には崩れ落ちた岩がごろごろと転がり、頭上からは大小さまざまな岩石がぱらぱらと落ち続ける。時折、大きな塊が轟音とともに転がり落ちてきては、空気を震わせた。

「……本気で、ここで試すんですか?」

崩落地のあちこちには、巨大な爪でえぐられたような傷跡や、黒く焼け焦げた岩面が生々しく残っている。魔物の存在は疑いようもなく、今この瞬間に飛び出してきてもおかしくない。

ここは正真正銘、少しの油断も許されない危険地帯だ。

「異能は平和な場所にあることの方が少ないですから、これが日常ですよ」

ノアの言葉は私の不安を軽くあしらうものではなく、むしろ現実を突きつけるように冷静だった。

「で、どうどう? 異能の気配、感じる?」

「か、感じません!」

期待で目をキラキラさせて覗き込まれても、何も感じ取れない。焦りと困惑が混じって、つい声が裏返ってしまった。

「えー」

「ですから、それほど期待されるほどのことでは……」

私が感じるのは、せいぜい小さな「声」のような違和感だけ。

それも、聞こえたり聞こえなかったりするような頼りないもの。とても役に立つとは思えない。

「ふーん」

アイノウは顎に手を当て、私をじーっと観察するように見つめて――突然、ぱっと顔を近づけてきた。

「な、なんですか……!」

声が裏返り、慌てて一歩退こうとした。

だがその瞬間、アイノウは口元に不敵な笑みを浮かべ、さらに顔を寄せてきた。

「ね、今も『声』が聞こえたりしてない? 僕の声でも、僕の中にある『異能の声』でもいいけどさ。――戸惑ってるリネットも可愛いなぁって」

わざと茶化すような調子で囁かれ、胸の奥が跳ねる。頬に熱が広がり、言葉を返そうとしても喉が詰まってしまう。

「か、からかわないでください!」

必死に言い返すと、アイノウは肩をすくめてひらひらと手を振り、子供らしい笑みを浮かべた。

「だってさぁ、リネットが真剣な顔してると、つい遊びたくなっちゃうんだもん」

「残念ながら、聞こえません」

「そっか。人の中に入った異能の声には反応しないのかな」

ふざけているようで、どこか探るような視線を感じる。まるで私が、彼の「異能の声」に応えるかどうかを確かめているみたいに。

もう、普通に試してくれればいいのに……!

「お二人とも、ふざけている暇はありませんよ。分かっていますよね? 俺達が今、立っているのは落石が絶えず降り注ぐ魔物の巣窟だということを」

呆れを含んだノアの声が響いた直後、崩落地の奥から耳を裂くような咆哮が轟いた。

岩陰を破って次々と魔物が姿を現し、牙を剥きながらこちらへ殺到してくる。空気が一瞬で張り詰め、私達は即座に戦闘態勢へ移った。

「わー、いっぱいいるや!」

アイノウが呑気に声を上げている間にも、私は落石を避けながら必死に魔法を繰り出す。

次々と襲いかかる魔物を防御と攻撃を交互に重ねて応戦するが、戦闘の衝撃で落石はさらに激しくなり、息が荒くなる。

「あはは! 楽しいねぇ!」

だけど前線で魔法を放つアイノウは、満面の笑み。

……魔法使いは通常、接近戦を不得手とするはずなのに、彼には関係ないらしい。

「想定していたより魔物の数が多いですね。ハルトとアイノウは攻撃に専念してください。リネットは俺と後衛で援護をお願いします」

冷静に全体を見渡すノアの指示が飛ぶ。

「は、はい!」

「りょーかい!」

「……分かった」

アイノウの炎が爆ぜ、ハルトの剣が閃き、ノアの魔法が仲間を守るように降り注ぐ。その連携は、まるで精密に噛み合う歯車のように淀みなく回っていた。

――私も、必死で魔法を放っている。

けれど、その流れの輪に、私は入れていない。

炎も剣も光も、仲間達はそれぞれの力を存分に発揮しているのに、私だけが足を引っ張っているような気がして……悔しい。

「……おかしいですね」

隣で補助魔法を展開していたノアが、わずかに眉をひそめて呟く。

「どうしたんですか?」

「魔物の数が多すぎます。それに――あれを見てください」

ノアの視線の先。

崩れた岩の影から、耳を刺すような翅音が響いた。

ぶん――と空気そのものが震える。

鋭い複眼が不気味な光を放ち、刃のように尖った顎が開閉するたび、金属を擦り合わせたような嫌な音が戦場に響き渡った。

「何、あの魔物……」

「あの種の魔物は本来、帝国には存在しないはずの魔物です」

「え……」

ノアの言葉に、思わず息を吞む。

「い、異能の結晶の影響でしょうか?」

「それも考えられますが……」

ノアの声は低く沈み、何かを探るように濁っている。

ハルトは無言で剣を構え直し、いつの間にかアイノウから笑みは消えていた。

「あれれー? 君、前に他の国で見たことあるね。何でラングシャル帝国にいるのかなぁ? お散歩? それとも遊びに来ちゃったの?」

首をかしげながら、まるで友達に話しかけるみたいに軽い様子で口にするアイノウ。けれどその言葉は、確かに異質な魔物が目の前にいることを告げていた。

外来種の魔物が姿を現し、張りつめた空気が肌を刺す――その時だった。

『……ここよ』

耳ではなく、胸の奥を指先でなぞられたような感覚が走る。思わず息を呑み、周囲を見渡した。

「え……?」

魔物の咆哮でも、落石の轟音でもない。もっと微かで、もっと内側に響く――「声」としか言いようのない気配。

今の……何?

それはまるで、私だけを呼ぶような響きだった。言葉ではなく、意志の欠片だけが届くような感覚。

ノアもアイノウもハルトも、誰一人として反応していない。

さっきまで何も感じられなかったのに……本当に、私にしか聞こえていないの……?

「これってさ、あの『噂』確定なんじゃない?」

アイノウがぽつりと口を開く。

その言葉にハッとさせられ、思わず聞き返した。

「噂?」

「外から魔物が流れてきているって噂だよ。その所為で最近、帝国騎士団は大忙しなんだって。リネットがいた第二部隊も、今はバタバタしてるんじゃないかなぁ」

異能の結晶の影響か、それとも噂にある「外から魔物が流れてきている」という現象なのか――理由は分からない。だが確かなのは、ここが帝国の領土でありながら、今まさに異質な存在が侵入してきているという事実だった。

「どちらにせよ、害ある魔物は処罰する必要があります」

後衛から冷静に戦況を見ていたノアが、再び攻撃の指示を出そうとした――その瞬間、私は声を張ってしまっていた。

「ま、待ってください! 声が……聞こえました!」

自分でも驚くほど大きな声だった。

ノアの声が止まり、アイノウもハルトも一斉にこちらを振り向く。

「わぁ、聞こえたんだね!」

「……嘘でしょう? 本当に?」

アイノウは子どもみたいに目を輝かせる。対照的にノアは、信じきれないという顔で眉をひそめた。

無理もない。

私自身、さっきのあれが本当に「異能の声」だったのか、まだ確信が持てないのだ。

「声は、どれくらい鮮明に聞こえていますか?」

「す、凄く小さいです……本当に、このまま消えてしまいそうなくらいで」

胸の奥をくすぶらせる、あの淡い震え。

気のせいと言われれば、そうなのかもしれない。でも、確かに何かが私を呼んだ気がする。

「……そうですか」

ノアは短く息を吐き、すぐに判断を切り替えた。

「では、リネットはそのまま結晶の気配を追ってください。俺達がフォローします」

「わ、分かりました。やってみます」

私にしか届かない、小さな導き。

その微かな囁きを頼りに、私は声の響いた方へと足を踏み出した。

「確か、こっちから……」

落石の音が絶え間なく響く中、崩れた岩の隙間を縫うように進んでいく。

だがその時、行く手を裂くように空から影が舞い降りる。得体の知れない外来種の魔物が、刃のような牙を一直線に振り下ろしてきた。

「っ……!」

反射的に身を引いたが、間に合わない――そう悟った刹那、頬をかすめる風圧が頬を通る。

鋭い金属音。

ハルトがいつの間にか私の前に立ち、振り下ろされた牙を剣で受け止めていた。火花が散り、魔物の腕を押し返す力強い衝撃が空気を震わせる。

「ハルト……!」

声を上げても、彼は振り向かない。

ただ風のように地を踏みしめ、疾風に乗るかのごとく宙へと舞い上がる。

鋭い跳躍で魔物の頭上へと迫り、閃光の軌跡が空を走った。次の瞬間、魔物の体は断ち切られていた。

「あ、ありがとうございます」

「……異能の気配を感じ取れるなら、それは第0部隊にとって必要だから」

剣を構えたまま、低く断ち切るように言う。

背中越しに届くその声は冷たく、淡々としていて、温度がどこにもなかった。

――以前の彼は、私を守らなかった。

きっと彼にとって重要なのは、私という存在そのものではない。第0部隊の役に立つかどうか。ただ、それだけなのだろう。

「見つけるなら、さっさとして」

「……はい」

胸の痛みを抱えながらも、私は結晶を探すことに集中した。

守られたことを無駄にしたくない。応えたい――その思いが、前に進ませた。

「どこにあるの……!」

崩落地を見渡し、耳を澄ませ気配を探る。けれど、さっきかすかに聞こえた声は跡形もなく消えてしまっていた。

焦りが胸の奥でじわじわと広がる。

「お願い……どこ……教えて!」

どうして私に異能の声が届くのか、理由なんて分からない。

それでも喉の奥から漏れたその言葉は、自分でも驚くほど切実だった。

『……こっち』

「! 聞こえた……!」

再び届いた声に、胸の奥の焦りが少し和らぐ。

導かれるように視線を巡らせ、胸の奥で共鳴する響きに導かれるまま足を進めると、着いたのは崖下に落石が重なり合う激しい場所だった。

「ここです。……ここから、聞こえました」

落石の下、誰の目にもただの瓦礫としか映らない場所を指差す。

私の言葉に耳を傾けた三人は近くまで駆け寄ると、崖下を覗き込みながら瓦礫の山をじっと見つめた。

「……本当にここに異能の結晶があるのなら、確かに素晴らしいことですが」

「ノアは疑り深いね。僕は信じるよ!」

ノアは眉を寄せ、慎重に言葉を選ぶ。だけどアイノウは笑みを浮かべ、迷いなく頷いた。

そのやり取りの後、ノアは一度だけアイノウに視線を向けると、再び瓦礫へと目を落とす。

「……ならば試してみましょう。リネット、この岩を全て破壊してください」

「わ、私がですか?」

「ええ。アイノウにも可能でしょうが、彼の魔法は威力が強過ぎます。異能の結晶に何かあっては大変ですし……ここは、貴女に任せます」

「わ、分かりました」

言われた通り、深く息を吐き、手をかざす。

異能を傷付けないようにと指名された以上、私に求められているのは力任せの破壊ではない。岩だけを、最小限の魔法で砕くこと。

「《雷穿【らいせん】》」

指先に意識を集中させる。

光が小さく灯り、狙いを定めた一点へと収束していく。大きな爆発も、派手な閃光もない。あるのはただ、必要な場所だけを正確に砕くための、細く鋭い魔力の線。

――雷の線が走り、ピンポイントで岩を穿つ。

次には幾筋もの線を一斉に操り、瓦礫をまとめて粉砕した。

「上出来です、素晴らしい」

「……ありがとうございます」

成功に胸を撫で下ろし、安堵の息を吐く。

すると立ちのぼる煙の向こうに姿を現したのは――白い光を放ちながら静かに輝く、異能の結晶だった。

「まさか、本当にあるだなんて……」

ノアの口から、驚きと戸惑いが入り混じった声が漏れる。けれど胸を震わせているのは私も同じだ。

本当に……見つかってしまったのだ。

白く輝く結晶を前に、アイノウは得意げに笑みを浮かべる。

「ほらね、僕の言った通りだったでしょ?」

「……へぇ」

ハルトは結晶を拾い上げると、しばし黙ったまま光を見つめ、低く一言だけを落とす。

次の瞬間、一斉に私へと注がれる視線。

その光景の中で、はっきりと示された事実が一つあった。――私には、「異能の声を感じ取る力」がある、と。

「半信半疑でしたが……リネットの力が本物なら、第0部隊にとって重大な意味を持ちます」

ノアは結晶を見つめながら、さらに続けた。

「異能の声を感じ取れる者など、これまで誰一人といませんでした。リネットの力は、ただ珍しいだけではない――我々にとって欠かせぬものになるでしょう」

その言葉に、私の胸が強く張り詰める。

私にとっては、ただの小さな感覚にすぎなかったのに……。その一瞬の感覚がこんなにも重く価値あるものとして受け取られるなんて、考えもしなかった。

「兎に角、今回の任務は終了です。お疲れ様でした」

やがて安全が確保された場所に辿り着くと、ノアが皆に声をかけた。

彼の手には、特別な箱に収められた、一輪の花を象った異能の結晶が静かに息づいている。

「えへへ! リネットのおかげで異能を見つけるの超簡単だったし! しかも今回は試練もなくて楽ちんだったよー!」

「決して楽ではなかったと思いますけど……」

ぴったりと私の腕に絡みつき、無邪気に笑うアイノウ。

彼は軽く言うけれど、崩落地で魔物と戦いながらの捜索は、想像以上に過酷なものだった。

「気を緩めている場合ではありませんよ。外部からの魔物の件は、まだ何一つ解決していないのですから」

ノアの言葉に、不安がしっかりと形作る。

脳裏に浮かぶのは、帝国には存在しないはずの魔物の姿――あれは確かに、この地に侵入してきていた。

「えー、でもそれ、第0部隊の仕事じゃなくない?」

肩をすくめて軽口を叩くアイノウ。

確かに第0部隊は異能を専門に扱う部隊であり、魔物退治は本来の管轄外だ。

……裏を返せば、異能に関わることであれば魔物であろうと災厄であろうと、何でも引き受ける部隊ともいえるけど。

「そうかもしれませんが、報告する必要はあるでしょう」

「帝国の領土に外来種の魔物が入り込んでいるなんて、ただ事じゃないもんねぇ」

軽い調子で言いながらも、アイノウの瞳の奥には笑みとは違う光が宿っている。

「……どうでもいい」

「ハルト」

不謹慎な言葉に、ノアが鋭く睨み付けて注意するかのように名前を呼ぶ。

ノアって皆の保護者みたい。

ハルトは顔を背け、ただ沈黙を選んだ。きっと彼にとっては、異能探し以外のことは優先度が低いのだろう。

「なんであれ、帝国から正式に要請があれば、異能に関係なく俺達も出なければなりません」

釘を刺すようなノアの言葉は、しっかりと重く響いた。

異能の結晶を見つけた達成感の裏で、確かに残った影。

――外から魔物が流れ込んでいる。

その事実は、次なる不穏を告げる鐘の音のように、私の胸に響いていた。