作品タイトル不明
80話 敵ばかりの王宮
◇Side アレン
「――ようこそ、ヴァルドール王国へ。ラングシャル帝国第三皇子、アレン殿下」
ヴァルドール王国。
女王の塔へ着くや否や、俺はそのまま女王の間へと通され、この国を治めるヴァルディア女王の前に立たされた。
荘厳な広間では、金と宝石で飾られた柱が静かに輝き、天井には王国の国章「王冠を戴く女王蜂」が堂々と刻まれている。
その中心、王座には女王陛下が悠然と座していた。
「……このたびの縁談において、貴国を煩わせたことを心よりお詫び申し上げます。その責を負う覚悟のうえで、帝国より命じられここに参りました。どうか、よろしくお願い致します」
膝をつき、陛下を真っ直ぐに見上げて静かに告げる。
頭を垂れることはしない。背筋はわずかも揺らがず、俺自身の意思を示すように伸びていた。
「きちんと責を果たすお気持ちがあるのなら、よろしいですわ。……そもそも今回の縁談は、誰かの軽率な噂話が勝手に膨らんだだけのもの。まったく、困ったものですね」
陛下は小さくため息をこぼし、それでも微笑みを崩さなかった。だが、その瞳の奥には計りかねる光が揺れている。
……面の皮が随分厚いようだ。リネットを想うがあまり俺も視野が狭くなっていたことは否定できないが、元はと言えば誰のせいでこうなったと……。
状況を楽しんでいるのか、それとも試しているのか。どちらにも見えた。
「そうですわ。アレン殿下にわたくしの子供達を紹介いたしましょう。こちらにいるのが息子のザイレク。そして、こっちが娘のアピアですわ」
柔らかく手を掲げる。
その仕草に呼応するように、左右に控えていた影が静かに一歩、前へ進み出た。
「ヴァルドール王国王子、《花冠騎士団【かかんきしだん】》隊長、ザイレク=メリオネールだ」
「……ヴァルドール王国王女、アピア=メリオネール……です」
名乗りを終えると、二人はこの国の礼儀に従い、静かに挨拶を交わした。
ザイレク王子は右足を引いて膝を軽く折り、剣の柄へと指先を添える。一方、アピア王女は同じく右足を引いて膝を折り、両手を胸の前で重ねる。
王族の紹介を終えると、陛下は次に、すぐ背後に控えていた影に向かって声をかけた。
「こちらはこの国の宰相であり、わたくしの右腕を務めているコクシエルです」
「お目に描かれて光栄です、アレン殿下。以後、お見知りおきを」
コクシエルと呼ばれる男は、両手を前で重ねると、深く頭を下げた。
「アレン殿下にはこの国に滞在される間、ぜひ我が国の力となっていただきたく存じます」
「……鉄壁の守護の力を持つ異能――【犠蜂【ぎぼう】の盾【たて】】を誇るこの王国に、俺が力を添えられるとは思えませんが」
謙遜を装いながらも、探るように言葉を放つ。
ヴァルドール王国は言わずと知れた守護の国だ。その強さの源が、他国には存在しない「特別な異能」にあることは広く知られていた。
しかし、その王国を覆う巨大な結界は象徴的だが、詳しい実態は他国には明かされていない。
するとコクシエルは、わずかに声を低めて続けた。
「【犠蜂の盾】は女王の加護を象徴する王国の誇りそのもの。アレン殿下のお力は、その輝きにさらに力を添えるものとなりましょう」
その言葉に続くように、陛下は手元に持っていた扇をふわりと広げ、口元を優雅に隠した。
仕草は柔らかくも、瞳の鋭さだけは揺らぐことなく、まっすぐに俺を射抜いてくる。
「かねてよりアレン殿下のご優秀さは聞いておりましたが、直接お会いし、その魔力を感じて確信いたしました。殿下の魔力は、まさに王国が求める理想の輝き。――ヴァルドール王国は心より殿下を歓迎いたしますわ」
「……承知しました」
短く返事を返す。
言葉の響きは好意的で、歓迎の意を示している。だが、素直に受け取ることはできなかった。
今まで外部の者を拒み続けてきたはずの国が、俺をこの地へ呼び寄せてまで何を企んでいるのか……。
そのままコクシエルに導かれて場を後にしようした背中へ、最後、女王陛下の声が届いた。
「アレン殿下。もし滞在中、娘のことが少しでも気にいるようでしたら遠慮なく仰ってくださいませ。わたくしはまだ、貴方と娘の婚約を諦めておりませんから」
振り向くと、逃がしはしないと告げるような視線が絡みついた。
すぐ傍らの宰相はわずかに心配げな表情を浮かべ、王女は終始顔を伏せたまま、俺と目を合わせることを恐れるかのように視線を逸らし続けている。そして王子は、氷のように冷たい眼差しで俺を睨み据えていた。
見渡す限り、敵ばかり――そう思わされる空気に包まれる。
「……ご厚意には感謝いたします。ですが、帝国にはすでに心を通わせた大切な婚約者がおります。その想いを偽ったまま、誰かの隣に立つことはできません」
ハッキリと拒絶すると、陛下は一拍だけ目を細めた。
だが次の瞬間、その表情は何事もなかったかのように柔らかな微笑へと戻る。
「まあ、なんて真っ直ぐなお方でしょう。その誠実さ、娘に向けていただけないのが残念でなりませんわ」
陛下は扇子をゆるりと下ろし、静かに閉じた。ぱちりと鳴る音が静かな広間にやけに大きく響く。
最後に深く頭を下げ、俺は女王の間を後にした。
「アレン殿下、お部屋へご案内いたします」
コクシエルに案内され、回廊を進む。
帝国の景色とはまるで違う石造りの壁と装飾に、異国へ足を踏み入れたのだと改めて実感する。
ふと窓の外へ目をやると、この国の象徴ともいえる六角形の魔法障壁が、王国全体を包み込むように輝いていた。
「……結界は、まるで蜂の巣のようですね」
あれが鉄壁の守護を誇る、【犠蜂の盾】。
実際結界の大きさと、うわさに聞くその効果は魔法で不可能なものだろう。たとえ防御魔法を極めた魔法使いが極彩式を使用したとしても、難しいはずだ。
幾重にも重なり合う光の壁は美しくもあり、同時に近づく者を拒む威圧を放っていた。
「女王陛下のみが紡ぎ出せる強固な結界です。その守りによって、いかなる侵略も寄せつけぬ平和が保たれております。民は皆、女王の加護に心から感謝し、敬愛しているのです」
彼の言葉に耳を傾けながら、俺はゆっくりと外の景色へ思いを巡らせた。
この国には、一切の魔物が姿を見せない。
他国からの侵略をも遮断する女王の結界は、まさに絶対の盾だ。だからこそ魔法使いも騎士も、必要最小限の人数しかいない。
危険という概念そのものが希薄で、国全体にどこか柔らかな空気が満ちている。驚くほどの平穏だった。
ラングシャル帝国とは正反対の、静けさに守られた国。
その平和は、ひとえに女王一人の力によって支えられている。
「……本当に結界には、少しの綻びもないんですか?」
何気なく視線を巡らせた先で、六角形の光壁がわずかに揺らめいた気がした。ほんの一瞬のざわめき――蜂の巣の一角が震えるように、光が乱れた。
「……勿論。女王の結界は最強です」
俺の質問に、コクシエルは少し目線を逸らして頷いた。
ただの錯覚かもしれない。だが胸の奥に沈んだ不安は静かに沈み込み、消えることなく残り続ける。
何かが起きている。そんな予感が、確かに心を掠めた。
……来たばかりだというのに、もう、彼女のもとへ帰りたい――