軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

76話 任務開始

第0部隊に配属されてからの日々は、慣れない訓練や仲間とのやり取りであっという間に過ぎていった。

そして数日後――ついに、初めての異能探索任務が始まる。

「さて、どうやらここが目的地のようですね」

辿り着いたのは、どこにでもありそうな、空気の澄んだ自然豊かな町だった。

ノアが手にした結晶の羅針盤が、淡い青光を放ちながら町の奥を指し示す。だが、私達が一歩踏み入れた瞬間、光は途切れるように点滅し、そしてふっと消えた。

「の、ノア。光が消えてしまいましたけど……」

「羅針盤は結晶の正確な位置までは示しません。ある程度近付いたら、そこからは自力で探すしかないんです」

役目を終えた羅針盤をポケットにしまうと、ノアは私をまっすぐ見据えた。

「リネット、覚悟はよろしいですか?」

「は、はい」

その視線に背筋が自然と伸びた。胸の奥が、期待と不安で静かに揺れる。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。僕も一緒だしね!」

「あ、アイノウさ……あ、アイノウ」

名前を呼ぶたび、まだ少し照れくさい。

けれどアイノウは気にも留めず、にっこりと笑って私の腕に自分の腕を絡ませる。

その動作はあまりに自然で、見下ろした先の表情はいつも通り明るくて、今日はとても頼もしく見えた。

「遊びじゃないんですから、少しは緊張感を持っていただかないと困るのですが」

「ノア、そんなに真面目だと疲れない? 怒ってばっかりいたら肩凝るよぉー」

「誰の所為ですか!」

「ま、まぁまぁ……」

二人の小競り合いにも、少しずつ慣れてきた。けれど、心の奥は落ち着かない。

だっていよいよ、異能の捜索が始まるのだ。

ここは、ラングシャル帝国の東部に位置する 町(フィンデル) 。

きっとこの地にはただ光り輝くお宝だけでなく、必ず危険が潜んでいる。そう教わってきたし、実際に体験もした。だからこそ、胸の奥に沈んだ不安は簡単には消えてくれない。

「……どうでもいい」

横から、ぼそりと低い声が落ちた。ハルトだ。

彼は私達を気にする様子もなく、無言で町の中へと歩き出していく。

「こら、ハルト! 単独行動は控えてください!」

「相変わらず自由だねぇ、ハルトは」

ノアが慌てて走り出す。私とアイノウも顔を見合わせて、その後を追った。

今回、私が組んだのは、この四人だ。第0部隊も一般部隊と同じく、基本的に複数で行動する。

今の第0部隊は他の隊員達が任務で出払っているとはいえ――まさか、初めて顔を合わせたこの四人で、そのまま一つのパーティを組むことになるなんて。

「……平和な町ですね」

町に足を踏み入れた瞬間、思わずそんな言葉がこぼれた。

本当に、こんな穏やかな場所に異能が眠っているのだろうか。

公園では子供達が笑い声を弾ませながら走り回り、森から流れ出る川辺では、住人達が水音に混じって談笑しながら洗濯をしている。

通りの片隅では、一匹の犬がのんびりと大きな欠伸をひとつ。

てっきり命の危険を感じるような場所へ赴くのだと思っていたのに、目の前に広がるのは、どこにでもあるような日常の風景だった。

「異能って、別にいつも危険な場所にあるわけじゃないよー」

心の中を見透かしたように、アイノウがくすっと笑った。

「そうなんですか?」

「うん。危険な場所にあることが『多い』だけ。異能ってね、個体によって本当に全部違うんだ。まるで人間みたいでしょ?」

「人間?」

「そう。人間がそれぞれ違う性格や生き方を持つように、異能にも個性があるんだ。『試練』も『資格』も『習得方法』も、全部異能ごとに違う。だからこそ面白いんだよねぇ」

その言葉に、私は小さく息を呑んだ。

知識としては知っていたこと。でも、現場で聞くと胸の奥にじんわりと染み込む。――これが実感というものなのかもしれない。

「例えば、異能の習得は結晶を手に入れるだけじゃなくて、『受け継ぐ』ものもある。親から子へ――みたいな感じでね」

「……まるで遺伝みたいですね」

「そうだよねぇ。ただし、受け継ぐにも試練や条件があったり、なかったりもするけど」

にこやかに言葉を紡ぐアイノウ。彼は私を見上げると、瞳を細めた。

「ちなみに――アレンが行ったヴァルドール王国では、代々王族が『守護の力を持つ異能』を受け継いで、国を守っているんだってさ」

「……アレンの」

その名前を聞いた瞬間、胸の奥で鼓動が小さく跳ねた。

「リネット、アイノウ。手がかりもありませんし、このまま二手に別れて探しませんか?」

先を歩いていたノアが、振り返りながら提案する。

「やったぁ! リネットと二人っきりだぁ!」

「くれぐれもサボらないでくださいね! リネット、アイノウをお任せします」

「は、はい」

両手を上げて喜びを表現させるアイノウに、しっかりと釘を刺すノア。

し、新人の私が任されるの?

疑問と不安は頭に過ったが、それでも頷くしかなかった。

そして私達がこれからの行動について話し合っている間も、ハルトは会話に加わることもなく、道端に立ち尽くしたまま、ただ一人、町の風景を静かに見つめていた。

「よーし、出発ーっ!」

片手を上に掲げて、ぴょんと小さく跳ねるアイノウ。まるでうきうきと遠足の朝を迎えた子供みたい。

「どうやって探すんですか?」

そう尋ねると、アイノウは振り返り、可愛く首を傾げた。

「そだね。まずは聞き込みかなぁ」

「聞き込み?」

「うん。異能ってさ、人の想いと土地の魔力が混ざって生まれるんだよね。で、その誕生のきっかけって、たいてい土地の魔力がぐっと強まったり、人の想いが爆発したりした時なの」

言葉に合わせて、アイノウの指先が空中でくるりと円を描く。

「だからねっ、どこかで何かヘンなことが起きてるはずなの! まずはそれ、見つけにいこーっ!」

「あ、待ってください!」

軽快に足を進める背中を、私は慌てて追った。

「異変……ですか?」

「うん、何かあったら教えてほしいなぁ」

私達が訪れたのは、フィンディルの町長の家だった。

古びた木造ながら、広くて風格のある屋敷。通された応接室で、アイノウは頬に手を添え、満面の笑みを浮かべて町長に問いかける。その姿は、まるで遊びに来た孫のよう。

だからこそ、目の前の町長は明らかに戸惑っていた。

「ええ……っと」

チラリと私に視線を向ける町長。その目には、困惑と戸惑いがにじんでいる。

そうですよね。第0部隊の制服を着ているとはいえ、アイノウはどう見ても子供。いったい、どうしてこんな子供が部隊に? そう思われても無理はない。

「おかげさまで、町は平和なものですよ」

にこやかに答える町長。

だが言葉を続けるうちに、その声にほんのわずかな色が差した。

「……ただ、昔は『魔物』が出て大変だった時期もあったと聞いています」

「魔物がいたの? どんな魔物?」

アイノウが前のめりに食いつくと、町長は慌てた様子で語り始めた。

「確か『鬼』だと……あ、でもだいぶ昔の話ですよ! その頃は町に魔物が現れて、何度も襲撃を受けたと聞いています。川に洗濯に行くのも大変だったのではないでしょうか」

静かに語られる過去には、過去の祖先達の痛みと悲しみが伝わってくる。けれど次の瞬間、町長はぱっと表情を戻した。

「とはいえ、それらは過去の話です! 今は魔物も出なくなりました。ただの穏やかな田舎町ですので、第0部隊の皆様が注目されるようなことは……」

語尾に近付くにつれ、小さくなる声。

何も報告することがなく、本当に困っているような感じだった。

「平和になったなら良かったね! でもさ、僕達も何の情報もなしで手ぶらで帰ったら、こわーいお兄さんに怒られちゃうからさ。ちっちゃいことでもいいからさ、何かない? 最近ここ、ちょっとヘンかもーとか、なんか助かったーとかでもいいんだよっ!」

……怖いお兄さんなんていました? まさかノアのこと? あんなに優しいノアに何を言うやら。

「そ、そうですね……。んー強いて言うなら、最近動物の数が増えたことでしょうか」

町長は少し考えるように視線を泳がせたあと、言葉を振り絞るように答えた。

「動物?」

「ええ。と言っても害があるわけではありませんよ。昔からこの町は動物と共に暮らしてきましたから。今も……少し増えたかな、という程度です」

あくまで平穏を強調するような口ぶりだった。

それでもアイノウは満足したように微笑み、私達はそろって町長の屋敷を後にした。

「何か分かりましたか?」

「どうかなぁー」

曖昧な返答をするアイノウ。

話を聞いてから改めて町を見渡すと、至る所に動物がいるのが見えた。

フィンデルは、自然と人が寄り添うように暮らす場所だ。森と町の境があいまいで、凄く広い。

町の外れに広がる林では、木々の隙間から小鳥のさえずりがこぼれ、森から流れる大きな川からは水のせせらぎが聞こえてくる。

道端で寝転ぶ猫、空を舞う小鳥、柵の向こうで顔を出す子鹿。木の実を食べる猿。

皆、警戒心が薄く、まるでこの町そのものが彼等の楽園みたいだった。

「ま、気長に探そーよ。まだ来たばっかりなんだしさ。それより疲れちゃったよぉ。休憩しよう」

「も、もう休憩するんですか?」

鼻歌交じりにスキップしながら、休憩の場所を探すアイノウ。

まだ町長から話を聞いただけなのに、こんなに悠長にしていていいのかな?

でも私も、どこかで思っていた。――こんなに平和な町なんだもの。きっと、すぐに異能だって見つかる。

そんな根拠のない楽観を抱いていた。